訴えの利益

 仲良くなるとけんかするようにもなる。まぁ妹とけんかしたわけだが。楽しかった。
 ある意味では心が親しいほどにお互いの中身が見えてきて、反射的に自分の嫌な部分も見えてくる。似たもの同士が集まると大抵けんかする。しかしそういう諍いも大事なことだ。けんかできない間柄は気を許せてもいないのだから。
 とはいえ不毛なけんかを避ける手立てがないわけでもない。かんたんな話で、相手の悪口を避ければ不毛なけんかの半分はなくなる。
 
 ここで『悪口とは何か』と問い始めると長くなる。強いて言えば受け手の気分を害する指摘一般であるけれども、基準が受け手にある以上話し手の想像の埒外に独り歩きしてしまいがちである。
 もう少し具体的に定義するなら、悪口とは相手の特徴の指摘そのものと捉えてもいい。他人の特徴の指摘はシンプルに悪口である。これがなんであってもそうだ。読者諸君にも、褒めようとしたら裏返しに取られたという経験はなかろうか。多分言い方の問題なのだろう。可愛らしく受け取り手を持ち上げるように言うと何となく赦せるが、切れ味よく言い放つと何を言っても暴言である。
『実直なひとですね』と言っても褒め言葉にはなるまい。本人がそれを気にしていれば格別、自覚がなくても悪口に取られるほうが多い。言葉としてはフラットでも、他人からの指摘は何となく気持ち悪いものである。
 ちなみに化学魔(兄)に『優しいね』と言い放つとキレる。歴史的事情によりそうなってしまったが、もともと好きな言葉ではなかったしやめてもらいたい。

 では親しい仲において不毛な争いを避けるにはどうしたらよいか。一晩考えたのだが、争いによって何か得るものがあれば不毛とは言い難い。後味もすっきりするだろう。とすると、これは一言で表せる。訴えの利益がある争いをしたほうが良い。
 何をもって訴えの利益があるかはそれだけで民事訴訟法における一大論点であるから深くは立ち入るまい。かんたんに述べると具体的な利益を伴う請求があるかないかで区分したほうがよいのではないかという話になる。
 訴えの利益が明確な例は、アレをしろ、コレをするな、である。『あれを買ってほしい』などは可愛いものもあるし、『割り勘じゃなくて全持ちしてほしい』とか『買い物袋を持ってほしい』とか『タバコをやめてほしい』とか『話をちゃんと聴いてほしい』とか『夜は寝るまで電話に付き合ってほしい』などなどいろいろあろう。ただこういうのは特に女性側から口に出すのが難しいようである。
 そういう相手に作為または不作為を要求する訴えは言い出しにくい。しかし口にしてみると意外とすんなり話が通る。わかりやすいからである。
 論点が明確な請求は争点も明確であり、すんなり判決に至る。『わかった、じゃぁ次からおごりにする』と言ってくれるかもしれない。話も聴いてくれるだろうし、タバコもやめたふりくらいはするだろう。少なくとも争い方はすっきりしている。
 ところが、この請求趣旨が曖昧な訴えは泥沼化する。『けちだよね』などと言ってしまえばシンプルに悪口である。言いたいことはわからんでもないが、受け手にとって何を指しているのかわからない。奢らなかったことなのか、プレゼントしないことなのか、はたまたみみっちい倹約をしていることが気に障るのか。思い当たる節が多すぎるとまたけんかになる。しかも『彼氏がけちである、ことを確認する』という確認の訴えには訴えの利益が無い。もはや彼女の機嫌を損ねたとしか思われておらず、本案に入らない。何も解決しない。『女性はそういうもの』と言われると確かにそうなのだが、あまりに続くと面倒である。それが楽しめるようになれとはなかなか言えない。

 不毛なけんかを避けようと思うなら請求の趣旨をハッキリさせて、訴えの利益を明確にすべきである。それができていると関係は楽に進む。

 これは余談であるが、周囲を見ていて先に結婚していく女性の特徴はこの辺にあるように思える。端的に可愛いのもあるだろうが、男性目線での可愛さはもっと仕草や態度に現れるものを見ているらしい。
『わがまま』もその一つである。『あれをしてほしい』と甘えられる人はすぐに結婚していく。いわゆる甘え上手とはこの辺の可愛さを言うらしく、イヤイヤ言わないがアレをしろコレをしろとは言うタイプの甘え上手は広く受けが良い。
 男性からすると楽なのだ。請求趣旨がはっきりしている。訴えの利益も明確である。言うことを聞けば懐いてくれるというのなら忠犬にもなりがいがある。

 以上が男性側の心理から説明した『けんか』の在り方である。男性はよく解決する方向に話すというが、たぶん彼女からの訴えとなれば何か解決しなければならないと思いがちなのである。それが分かっているなら、解決しやすい明確な請求をしたほうが通りもよい。
 恋愛関係の記事はなぜか女性目線ばかりである。女性と同じ数だけ男性も恋愛をするはずであり、男性と同じ数だけ女性も反省していいはずだろう。なんでも男性側の問題として捉えるよりは、ここで『可愛いわがままのしかた』に思い到れるほうが幾分捗るのではなかろうか。

 思うに、女性はただ話を聞いてほしいだけのときがあるのと同様に、男性にも問題を解決してすっきりしたいだけのときがあるわけだ。
 ただ話を聞いてほしいときに解決法を提示するのが無粋なのだとすれば、身近にある問題を有耶無耶にして悪口に落としてしまう行為は不毛である。男性側に見極めを要求する気持ちはわかるが、その甘えた根性はもうすこし可愛らしく具体的な請求に振り向けてはどうだろうか。

お気に召しましたらちゃりんとお願いします。メッセージ、感想等お待ちしております。