日本人の遺伝子と意志(007)
どちらにしても、D系統が熟成された日本にあって系統の近縁性による親和性があり融合してゆく。同時期に支那からO系統他が渡来してきて、西日本を中心に大陸同様に鬩ぎ合いが始まる。しかし、大陸と違い日本は主勢力がD系統であり殲滅のような現象は起こらず基本的に融合して新たな共同体に動的変化してゆくという方向になる。
最初に九州から神武東征が始まる。海洋勢力が主体で王権の確立が促されてゆく。ある程度固まったところで日本海側勢力と対峙するが、同じ系統の勢力と認識し合い吸収(国譲り)して大和王権が確立する。その統治様式は「しらす」であり、現代でも原則は同じである。日本海側の勢力はその大陸的性格からウシハクの傾向が強かったことも記録されている。
精神的には、起源のD系統が神道に繋がるものを確立しており、其処へ古代イスラエル・ユダヤの精神文化が吸収され日本となってゆく。明確にイスラエル・ユダヤのものが体現されていない。その痕跡は多くある。日ユ同祖論の基になるものでもある。皇統も現在までこの二大系統で鬩ぎ合いを行っているといえる。
もう一つ注目するのは、E系統として一度西へ移動してローマ帝国内で拡大したがやはり馴染めず、景教を信奉する集団である。この集団も東へ移動してゆく、ユーラシア大陸を陸路の移動である。日本では秦氏と呼ばれている。技術集団でもあり古墳時代に日本に到着し勢力を拡大してゆく。ローマ直伝もあり土木工事の急激な発達にも貢献しているのではないか。古墳の構築に結び付く。
日本は、1300年程前に大和朝廷が確立する。皇統は、D系統の有力家族が担っていて、そこに古代イスラエル・ユダヤが出自の渡来してきた有力家族が交わってゆくと捉えるのが妥当であろう。そして今に続く2系統があり日本の大きな歴史的な流れの根幹になっている。
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