人間社会と日本:技術-03
ー 技術体系の具体的な方向性(2)
「脱炭素化」は主にエネルギーの課題であろうと理解する。火力発電所・工場・内燃機関(主に自動車や航空機)の排気ガスによる「大気汚染」に起因しており、環境問題として排煙(煤)や硫化物や窒素酸化物等の大気への放出を規制することから始まったものである。酸性雨による森林破壊や建物の汚れや劣化等の環境汚染や喘息等の呼吸器系健康被害を放置できない状態にまで至らしめていた。経済の発展と環境維持の両立がなされなければならないという認識の敷衍により、有害物質を除去する技術又は代替する技術の開発から進められられてきた。必然的に、大量生産・大量消費についても見直しがなされてきている。
日本企業は、有害物質の除去や代替等の技術開発には大きな貢献を行い、環境対策技術での優位性を獲得するまでに至った。しかし、こうした状況に欧米(技術的に後れをとったことにも起因しているであろう)による「ルール変更」が動きだし、日本企業は逆に「重荷」を負わされる事態を招くことになる。政治力の無さが災いしてくる何時ものことであるが、スポーツの世界だけでなく各段に影響範囲が大きい経済におけることでもあり好ましいことではない。現在もそうであるが「脱炭素化」というとんでもないことが、欧米自ら首を絞めることにもなる動きでもあるが、人間社会に奇妙に押し付けられれてきていると言える。再エネは先行する欧州では暗雲が立ち込め始めているようである。つまり、エネルギー価格(消費価格等)の高騰を招いており、需給の安定性に欠け柔軟性がない様相を示している。日本においてもメディアが左傾化して権威主義的勢力に取り込まれているため、国民の的確な認識が妨げられている。日本でもエネルギー政策で遅れて再エネにシフトしたが、最近になってやっとその弊害に気付き始めたと言えるのではないか。
基本的なところから再点検してみる。
〇水力系(再エネ系を含む)
〇火力系(石炭・重油・天然ガス・バイオマス・ゴミ焼却他)
〇原子力系(核分裂・核融合)
〇新技術系(化学反応・熱電直接変換)
〇水力系(再エネ系を含む)
初期からある発電装置が水力発電である。既に、現在では発電の主力から退いており治水等と合わせて多目的な形で運用されている。水の流動性を利用してタービンを回転させ発電するものである。電気エネルギーは蓄積出来ないことや自然にある水量との関係で何時でも柔軟に発電出来ないという短所がある。これは、自然に依存する発電(再エネ)に共通する短所である。他には風の流れを利用する風力発電や波の力を利用する波力発電等がある。力ではなく化学反応系の太陽光発電があるが気象条件に左右されるという点で柔軟性に同型の問題を抱えている。その他には地熱発電がある。これは地熱を利用して蒸気タービンによる発電であり火力発電と同型である。相対的に安定的に電力を確保できる。更なる問題は、発電場所と利用地域が離れているために送電が必要なことであり、送電による電力ロスが発生し効率的ではない。
太陽光発電は、製造構成要素に「危険物質」を使っていることより、災害等で施設が破損したりすると始末等に厄介である。以外に多くの短所がある。その割には、将来的エネルギー政策の主力に置かれるなど「奇妙な」扱いを受けている。先行する欧州や支那(中共)ではクリティカルな問題を発生させており見直しの雰囲気が出てきているのではないか。
人間社会では、全般的に今後も電気エネルギーが大量に必要になる変化の方向から判断すると、この部分(再エネ等自然を利用した発電はクリーンではあるが電力需要に柔軟に応えられないことや事故等による環境不適応という別観点もある)への依存が大きいい方式では産業立国としては無理があるようである。
〇火力系(石炭・重油・天然ガス・バイオマス・ゴミ焼却他)
原料は自然にあるものを利用して燃やしガスタービンを回転させて発電するものである。原料さえ調達できれば、安定的に電力消費地に近い所で発電(尚且つ高エネネルギー電力)が可能である。産業用に最も適している。排気ガス等に関しては研究開発がなされて、脱硫や脱煙等の装置は出来上がり公害問題は解決している。課題は、最近話題になっている二酸化炭素の排出である。日本における石炭火力では、石炭ガス化技術が完成して二酸化炭素排出も解決した高性能火力発電装置が実用化されてきている。その他の火力発電も技術革新が進んでいる。二酸化炭素の固定化技術や回収技術も実用化を迎えており、所謂クリーン度から見ても日本の火力発電には問題がほぼ無いといえるのではないか。新旧の置き換えが着実に行われることが肝要である。
問題は原料である石炭と重油と天然ガスで、これ等はほぼ輸入に日本は依存している。結果的に、脆弱でありコスト高の要因にもなっている。この改善には、日本の排他的経済水域で大量にある「メタンハイドレート」の利用が先々は想定される。深海にあることより効率的な回収手段の開発を急ぐことである。それが実現すれば、輸入に頼らなくても火力発電を継続できるであろう。これとの関連では、海底資源(漁業資源以外)の利用とも相俟って海洋汚染を起こさない「回収技術」の開発が促進されることが望まれる。また、「藻」による石油同等品(航空機燃料用)の生産が可能な技術が確立している。こうした技術の転用で、火力発電の燃料を自前で調達することを可能に出来るであろう。要は、各種の技術開発を通じてどの様な対応が最適なのかを確り追求することであろうと思量する。
〇原子力系(核分裂・核融合)
核分裂による原発は、現在日本では稼働が殆ど休止されている。この状況は、左翼勢力や権威主義勢力による「奇妙な反対運動」に国民や行政が「負けて」実現している。エネルギー価格の高騰に結び付いており産業立国の観点からは好ましいものではない。日本経済への影響も大きい。これまで稼働できていたもので安全の確認がとれているものは動かすのが妥当であろう。原子力の応用技術は今も将来的にも必須の技術であり、これを止めることは人間社会の発展を止めることに等しいであろう。次に控えている「核融合技術」への移転を想定して研究開発に本腰をいれて促進することである。また、核分裂技術に関しても「留まっている」訳ではなく進展しており、「東芝の小型高速炉4S」等の安全性が高い高性能なものが実用化を迎えている。現在の様に「距離を隔てた地域」ではなくより近い地域に於けるし、その利用形態には柔軟性が高いであろう。新旧切り替えの際には考慮されるべきであろう。
核融合炉が話題に上っているが、実用化にはまだ時間が掛かるであろうと推察される。この間をどの様なエネルギー政策と実装でつなぐのかである。現在のような「環境と技術」に関して権威主義的な捻じ曲げた在り様を続けることは非常に危険であると思量する。既に、再エネ等で先行する欧州や支那(中共)にその兆しが現出し始めている。メディアが適切に報道しないだけである。今後のエネルギー政策は、適切な情報を的確な時宜に公開して、政治家や官僚は国民に対して合意形成を確り行うことである。
〇新技術系(化学反応・熱電直接変換)
主に自動車系であるが「燃料電池」が実用化されてきた。燃料電池は機電の化学反応に水素を必要とする。高圧タンクに水素を貯蔵して、自動車で実用化が始まっている。自動車系以外でも大型の燃料電池の利用も促進されている。更に、リチウム電池の技術革新も進み本格的にEVに利用され始めている。電池はリチウム電池から全個体電池や全樹脂電池等へ技術革新が進んでいる。リチウムは熱による発火の欠点があり、この問題と電池のリサイクル等環境問題への取組も必要である。拙速に電動化を推進している支那(中共)での発火事故が目立つのもその事に起因している。果たして、自動車の電動化は言われている程に環境適応かよいのだろうか。電力の供給体制を想定してみても、現時点で答えは出せていないであろう。電池に関しては燃料電池も含めて危険物質も使用しており今後リサイクルも含めて対応が、大量に使用される前に問題になってくるであろう。特に、拙速に先行している支那(中共)の状況の観察が必要であろう。元々環境意識の低い地域でありそうした対策に熱心ではないことより、どの様な問題に発展するか他山の石とすることである。電池や燃料電池の技術は、内燃機関の環境問題への対処の代替策として推進されてきたものであるが、それ自身の実用化に伴い危険物質を利用しているので利用後の扱いでの環境問題を引き起こさないかの検証が必要である。こうした観点で、水素を燃料とする内燃機関の開発も代替策として必然的に想定されるであろう。こうした発想がないまま全て電池にオールインする欧州や支那(中共)の姿勢は「慎重さ」に欠ける動きであろう。再エネと同様に大きな錯誤に陥る危険性を秘めているのではないか。
他にも今後に期待を持たせるものが、送電技術の革新である「超電導の導線」である。電力ロスがなくなることによる効果が見込める。また、熱電変換技術の実用化である。電気から熱への変換技術はこれまでもあるが、熱から直接的に電気を引き出す技術が登場したことより相互回生による応用範囲が広がるであろう。また、燃料電池や電池技術の更なる発展や、水素製造技術の革新等で「電気エネルギーや熱エネルギーの特定資源に依存しない循環的利用」が可能になるであろうと想定する。更には、元素の直接的な変換技術の確立も緒についているようであり、核燃料他の「無効化」に道を拓けるであろう。今後の技術発展の方向性とその実現性の評価を確りおこない将来の生活環境の在り様を考案し議論しながら、日本経済の質的変換とその上での量的拡大の方向性を議論して政策に反映させてゆくことが肝要であろう。例えば、トヨタがスマートシティで「実験」を行っていることよりここに国も参加して各種の検証を行ってみることも必要ではないか。そこで得られた「治験」をもとに政策に反映させるという現実的な対応等が考えられる。
現在のような「脱炭素化」という単一要因に問題を矮小化した在り様をいち早く脱することである。況してや、炭素税のような実体価値の創造を阻害(経済に負の効果を恣意的に齎す)する要素を持ち込むことは何を意図しているのかよく吟味することであろう。エネルギー関連の技術革新の方向性は水素酸素の利用の方向へ進んでいる。炭素が関わらないことを理解すれば「脱炭素化」を無闇に掲げることの意味がこれまたよく理解できないことではないか。逆に、二酸化炭素の量が大幅に削減される方向は植物にとってはどういう影響があるのか検証が必要ではないのか。本来ならば、炭素(二酸化炭素も含めて)の有用性を考慮した技術開発が促進されるべきであろう。
結局は、物事は拙速に推進することではなく均衡が重要でありどの様な均衡で世界が成り立っているのかを人間はより深く理解することである。更に、技術革新が進行し複雑で広範囲に影響を及ぼすことより慎重に物事を進めてゆくことであろう。
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