トットの抜け道 第一回(2016.6)

『ブギウギ』が放映されている今だから、2016年に放映された『トットてれび』について書いたものをもう一度掲載しておこう。なお、『トットてれび』を知らない人はこちらをどうぞ。

以下の文章は、放映された頃、いまはないwebサイトに掲載した。


トットの抜け道 第一回

 『トットてれび』の抜け道のことについて書いておこう。あらすじだとか視聴率だとかかかった予算だとか、そんなことじゃなく、このドラマのあちこちにほころびている、ここからよそへと通じる思いがけない抜け道のこと。テンポがいい、リズムがある、編集がいい、その先にある抜け道のこと。それを見つけてことばで抜け直す。

 題して『トットの抜け道』。


 『トットてれび』で子供の声が調子を取りだしたら要注意だ。  この、TVドラマではきいたことのない不思議な音楽はなんだろう。子供の声と音遊びの会の演奏を掛け合わせて作られたのだろうか。ともあれ、大友良英によるこの曲は、トットちゃんの時間にマジックがかかったことを告げる。トットちゃんは、意を決したようにばーんと百円をテーブルに叩きつけてラーメンをすすり出す。窓際の席では、まだトットちゃんと知り合う前の向田邦子が執筆に勤しんでいる。トットちゃんのすするラーメンの麺のちぢれ、向田邦子のペン先の書き出す文字のうねり。まるで二人の体を介してラーメンが執筆を駆動しているかのように、ラーメンは早食いのトットちゃんにみるみる吸い込まれ、文字は〆切で追い込まれた向田邦子からみるみるあふれ出す。

 麺とペンの交換を経たトットちゃんは、あるオーディションに向かう。そこでトットちゃんは、紙のわっかに小ザルの顔を貼り付けたものをかぶり、台本を読まされる。そこで、たすけて〜、こわいよ〜、というセリフを素っ頓狂な声を出すトットちゃんに思わずはっとする。満島ひかり演じるトットちゃんは、いつもは天真爛漫で悩みなんかないようだけれど、この「たすけて〜、こわいよ〜」というのは、まるでそのときのトットちゃんの心境がそのまま表れたかのような異様な張り詰め方で、しかもそれはやっぱり小ザルの声なのだ。

 それで、あれっと思い出す。中華料理屋に入る直前に、トットちゃんはしゃがみこんで犬に話しけていた。悩みを語り、犬に顔を近づけ、ついには鼻面をくっつけていた。もしかしたら、あそこでくっついた鼻面、あれが抜け道だったのじゃないか。犬の鼻は、人間の知らない抜け道を知っている。あの鼻と鼻を介して、トットちゃんは子供でも大人でもなく、大人の感情を子供の声にのせることのできる、新しいけものの声を手に入れる道を、教わったんじゃないかしらん。そして紙のわっかは、その新しい声のしるし。

 見事オーディションを合格したのに、トットちゃんはずっと裾のふわりと拡がったスカートを両手でおさえている。まるで拡がろうとするものを抑え込むかのように。そういえば、『トットひとり』にこんなことが書いてある。

 演出家がスタジオのガラス窓の向こうから、「ちょっと、そこのパラシュートスカートのお嬢さん、一人だけ目立つと困るんだよね」と言った。  まさか目立っているとは思っていないから、私はびっくりした。でも、その日、パラシュートスカートを履いているのは私だけだった。

『トットひとり』

 『トットてれび』にはこの「パラシュートスカート」ということばは出てこない。けれど、演出家に「一人だけ目立つと困るんだよね」と言われるくだりは活かされていて、濱田岳演じるディレクターにトットちゃんはラジオのスタジオでもテレビのスタジオでもたしなめられて、それでトットちゃんは自分の声や振る舞いに漏れ出した個性を抑えるように、スカートをおさえ始めたのだった。彼女が裾を握りしめるその拳の力を、カメラはぎゅっと線を引くように印象的にとらえている。
 合格後にトットちゃんが飯沢先生に言うセリフは、『トットひとり』に次のように記されている。

「私、日本語も喋り方も歌い方もヘンだとみんなに言われています。個性も引っ込めます。勉強して、ちゃんとやりますから」

 飯沢先生はこう答えた。

「直しちゃいけません。あなたの喋り方がいいんですから、どこもヘンじゃ、ありません。そのままで、いて下さい。それが、あなたの個性で、それを僕たちは必要としているんですからね。心配しなくても大丈夫。いいですね? 直すんじゃ、ありませんよ。あなたの、そのままが、いいんです!」

『トットひとり』

 直すんじゃありませんよ、と言われたトットちゃんは「はい、なおしません」と答えるのだが、いつの間にか、スカートを握りしめていた拳は解かれて、さあそこから物語は両手放しで一気にスピードを上げていく。トットちゃんはトン坊の声で歌う。「さあさあ出発ださあさあお別れだ!」。両手はもはやスカートの上にはなく、空中で歌を励ましている。そして同じ両手が、「買い物ブギ」の生演奏に乗ってセットを泳ぐように掻き、二階にたどりつくまでの、なんてすばやいこと! 中納良恵演じる笠置シヅ子の軽快なブギウギを、トットちゃんは彼女とは逆方向にするすると進んでいく。どうやら時間を遡る力を身につけたらしい。

(2016.6)

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