真剣に拝む方法
(真剣に拝むことは「開運」の近道)
こんにちは〜
「開運霊学マスター」のしゅんしょう先生です。
神様、仏様を拝む、 真剣に拝むということは意外に難しいものです。
例え10分間でも、毎日拝むというのは立派な修行と言えましょう。
例えば、般若心経三巻(3回)を読み上げるとすればどうしてもその途中で 雑念(色々な思い)が入ってしまいます。
般若心経でなくても同じです。
「南無阿弥陀仏」でも
「南無大師遍照金剛」でも
他のご真言やお経でも同じです。
そして、毎日拝む時、この雑念に包まれたまま、なんとな読み上げてしまうことを繰り返します。
するとそれが一つの癖になってしまうことがあります。
これには注意が必要です。
この状態では、例え般若心経を何十回読み上げてもその功徳が小さいものとなってしまいます。
録音した音声を流しているのと、あまり変わりがありません。
やはり修行となれば、たとえ10分間でも慣れではなく、毎日新たな気持ちで真剣に拝むべきだと思います。
それでは、雑念を払うには何か良い方法でもあるのかと申しますと、 そのような方法があったら、お坊さんも苦労はしません。
しかし、そのコツはあります。
皆さんにその雑念を払うコツを一つお教えしましょう。
お経を暗記してなくて、まだ経本を読んでいる人は、以外と雑念は湧いて来ないものです。
何故ならば、そのような初心者は経本の中の字を追いかけるのに精神が一つの事に集中しているからです。
ということはお経を完全にマスターした人の方が雑然に悩まされやすいということでもあります。
それは、口がお経を覚えているために頭の中にいろいろな思いが巡ってきて、なんとなくお経を読み上げてしまうからです。
実のある修行をするためには、このフラフラする気持ちを一つのことに集中させる必要があります。
ところが、人間の心は「 コロコロするから心という」 と言われるようにじっとしていないのが現実です。
それならどうしたら良いかと申しますと、自分の読み上げる お経の声を聞くように努力するのです。
声には変化がありますから、この変化に富む音声に耳を傾けることで気持ちが声に集中します。
こうするとお経を読み上げながら自然に耳をすませるようになります。
あとは自分の読み上げる 声を聞いているだけで瞑想状態に導かれていきます。
このような状態で日々のお経を読めるようになれば、だんだんその心境は深くなっていくのです。
こうなれば、例え10分間の勤行( お経を読む)でも立派な修行になります。
そうすると自然にお経の回数を増やしたくなってきます。
つまりもっと長い時間拝みたくなるのです。
そんな時は、般若心経なりお念仏なりの回数を少しづつ増やしていけば良いのです。
少し慣れてくると、お経や真言の回数ではなく、お線香一本燃え尽きるまでとかでも良いと思います。
このような状態で読み上げるお経が、ご先祖様の供養になり神仏に対しての祈願等でより効果的に力を発揮するのです。
これこそ「開運の近道」です🙏😌
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