見出し画像

不登校は「自立への道」

1.

大学1年生の長男が同じ学部の同級生たちと共に映画の上映会を開催した。

「お母さんも来る?」

上映会の後には主催した5名の学生たちによるトークショーも企画されていて、
その準備やとりまとめに四苦八苦する様子を見守り、
相談も受けていたものだから、
前日の夜に急にそう言われたときには驚いた。
そんな発想がなかった。
長男も、まさか来るとは思わずに聞いたのだ。
夫に確認すると、行かれる条件が揃っていた。

「え?ほんとに来るの?どうしよう、俺、お母さんが来ると話しづらいかも……。」
「ああそっか、それなら行かない。それか、映画だけ観てトークショーの前に帰ろうかな?」
「それがいいかも。」

長男はしばらく考えてから、
「やっぱ最後までいてもいいよ。映画を観て帰っちゃう人もたくさんいると思うから、トークショーがさびしい感じになりそうなんだよね。お母さんのいいほうでいいよ。」

2.

長男は、小学校5,6年と中学校2,3年の時に不登校を経験した。自分の苦しかった経験から、将来は不登校の子どもたちに寄り添う仕事に就きたいと、大学ではそのための資格が取れる学部に進んだ。
(関連記事はこちら⤵)


映画上映会の言い出しっぺは長男だが、長男が提案したのは夏に母と観たこっちの映画だった。

(余談だけど、銀杏もほぼ散り終えた年末頃、小1の三男が公園で初めての雲梯を誇らしげに制覇する様子を温かく見守り、控えめな歓声を送る観客となってくれたご夫婦がいらして、よく見るとこの「夢見る小学校」のオオタヴィン監督だった。地元の監督なのです。)

ところが、協力してくださる先生からは、「この映画はちょっと思想が強すぎる」とも言われ、もう一つの映画を紹介された。一緒にやりたいと集まった仲間たちとの多数決で決まったのはそっちの映画だった。

その流れに「えー!」と残念に思うも、長男は納得しているようだし、観たことない映画を観られるのだからよかったね、と思い直す。

3.

不意に観る機会が与えられたこの映画、とても素晴らしかった。

「元不登校児童8人の現在。
漁師、会社員、農家、役者、教師など職業は様々。不登校を後悔するもの無し。彼らはいかに生きてきたのか?母親一人を含む9人のインタビュードキュメンタリー映画。
―それは、自立への道だった―」

出演者のひとりひとりが輝いていて魅力的。自分との対話を済ませていて、マイノリティの立場から社会を静かに見つめ、粋がることなく淡々と語る、自分の言葉を持っている。中には、
「親が自分自身と向き合うことなんじゃないか。」
と、その本質を口にする。20代から30代の若さなのに、それぞれがずいぶん深いところへ到達していると感じた。

鑑賞後にオンラインでの監督の談話があり、
「この映画を観て、これは不登校経験者の成功例だけを集めてるじゃないかと思った人、手を挙げて。」
と言われた。確かにそうであるし、それ以前に、彼らのほとんどが、親が元々「学校に行かなくてもいい」と思っていた「特殊事例」である。だから彼らが異口同音に、「不登校を後悔していない」と言ったとしても、それは多くのもっと辛い思いをした、そして現在もそれを引きずり続けている不登校経験者の中でごく一部のマイノリティなのだと思う。

特殊事例の中でも最も特殊だと思われる家庭に育った三兄弟(5兄弟のうちの3人)がしょっぱなに登場した。この家族は「大草原の小さな家」さながらの、電気・水道・ガスのない自給自足の暮らしを営む。両親は、家から歩いて通える小学校が統廃合されなければ通わせるつもりだったという。
「歩いて通えないなら、行かんでもいい。」
という親の意向もあっての、小中9年間完全不登校の兄弟。最低限の読み書きそろばんなどは親が教え、家には本好きの母親によって本がたくさんあった。テレビやゲームはないので、子どもたちの膨大な時間の娯楽は読書。同じ親から育っても、当然ながら性格も職業も考え方も全然違うのが面白い。

彼らにとっての小中学校とは、
「行ってみたかったなあって気がします。」
という、最ものん気な回答で、興味と妄想と憧れの対象なのだ。

出演者の中で最も苦しんだと感じられたのは、「嘔吐恐怖症」となって登校できなくなった女性だった。この女性の親の心情や反応は、今まで見聞きしてきた一般的な不登校の親といちばん似ていたが、それでも行かれなくなった娘を受け入れ、登校にこだわらなかった。映画「学校」との出会いが転機となり、彼女は定時制高校で居場所を見つけて癒され、自分の個性を生かした人生を自ら進んでいくことができた。彼女もまた、強くて明るかった。

4.

「不登校というのは、自立への道なんです。ただしそれは、親が理解し受け入れたときに限ります。」
監督は談話でそう言い切った。この言葉は、「不登校のありようは十人十色」だと思っていた私に稲妻のように届いた。そして、この映画のメッセージがバチンとつながった。

映画を通して彼らが見せてくれた姿は、もっとも「恵まれた」事例と思われるあの兄弟も含めて、学校に行かないマイノリティに属した彼らはその時点で「自立への道」を歩くことになるのだ、ということだった。そして、単純化した表現になることを恐れずに言うと、「学校に行かなくてもよい」と親が心から100%思えていると、子どもは「自立への道」を「0から」出発することができる。逆にそのことへの親の「疑い」が増えるほどに、子どもの側に「苦しみ」が増す。苦しみを抱えながらの「マイナスから」の出発になる、ということが映画の中から見えてきた。それを理解するために、この「親の疑い0」である超特殊事例三兄弟の登場が不可欠だったように思う。

そして、この映画に出てくるすべての事例が、不登校に対する親の不安や疑いが一般に比べると極めて少ないものだったが、私はそれでよいと思った。なぜなら、彼らは彼らの真実をちゃんと語っているから。談話が終盤に向かうにつれ、冒頭の監督の質問に自分が手を挙げなかったことへの確信を増していった。それはそうだけれど、それでよい、と。

不登校に苦しんだ親子にも、必ず彼らの真実が存在するはずである。けれど、苦しみが深ければ最初にそれを癒さなければならず、その癒し方もわからず疲れ切ると、なかなか真実が見えてこない。だから、特殊な環境下で学校に行かなかった人生を朗らかに歩んでいる人たちの姿を描き出すことに大きな意味を感じた。彼らの姿を通して、私たちは学校教育について考え直すことができる。監督が苦しんでいる親子の取材をしなかったのは、そういう人たちは一切取材に応じなかったからだ、と話していた。

5.

「あの映画観たあとだと、俺たちの体験談ってショボくなっちゃうんだよね。」
と長男は振り返って苦笑する。確かに映画に出ていた彼らはかなり特殊だからね、けっこうユニークな不登校体験を誇り、これまでも人前で話したことのある長男もさすがに顔負けか?(笑)

しかしそんなことはない。自らの体験の中に必ず真実があり、それを丹念に自分の言葉で人に伝えることが、自らの真実に近づいていく過程になる。それを共有してもらえる聴く側も、共に真実を見つけていくことができる。勇気を出して自らの体験を語った彼らはとても美しく見えた。

この映画のメッセージを受け取ったあとに聴く長男の体験談は、私は母として不登校をあまり心配していなかったつもりだったが、それでも長男をこれだけ苦しめていたということは、まだまだ認め度が中途半端だったんだなあ、と感じさせた。

「いや、それはお母さんじゃなくて、おとうだよ。」
と長男は言う。それはそうだと思うけど、夫婦はチームだからね。親が二人いれば、必ず二人「同じ」ということはない。いろいろと限界とか、反省点はあれど、後悔はしていないのである。

人生の学びをありがとう、長男。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?