ハムレット好きな場面選手権

抗えない天命と抵抗、覚悟

1位 尼寺の場面

たくさん好きな場面あるけどやっぱり尼寺が最上で最高。見るたびに好きな場面増えていったけど何度見ても尼寺が一番好きだった。ひとつ動くひとつ息をつくたびに心が動くハムレットが本当に素晴らしくて、特にここは見るたび新たな発見があった。本を落としたのに気づいてゆっくりと近づいたけどオフィーリアは逃げて行った、それはきっとハムレットもわかってた、だってなかなかヒドい別れをしたから。でもそのオフィーリアはハムレットに向けて声をかけてきた、からハムレットはすごく驚いて、だから「元気・・元気・・元気・・・」と3度同じことを言う、本当に驚いたから。でも驚いたからだけじゃなくて、1回目の元気を言い終わったあたりで下手の奥の方に妙な気配があることに気付く、2回目の元気、そして3回目の元気にはその気配がなんなのかと考える。そして、オフィーリアの気高いという言葉、らしくない言葉選びにハムレットは言いなりにならざるを得ないオリーフィアを感じてる。オフィーリアのこと責めてるわけじゃなくて、多分彼女にも気高さを持っていてほしかったから責めてないわけでもないけど、でもそれよりは悲しみが深い。「お前はきれいか?」と悲しく問いかけるハムレットの顔は何物にも代えがたい憂いを帯びた麗しさで、のちにオフィーリアの言う国の薔薇というのが身に染みてわかる美しさだった。あの美しさ、絶対に忘れたくない。で、尼寺へ行け、という。このハムレットがいう尼寺はつまり「干渉を受けず圧力を受けず女性でもあるがままに歪められることなく生きていける場所」を指しているんだと思った。このどす黒い世界から立ち去ってほしい、美しさが好きだったのに、無残にも奪われてしまった悲しさ。そして立ち去ろうとした瞬間、ハムレットは下手奥に感じた気配を思い出す、気高さとオフィーリアが"言わされている"状態と合致してしまった、これさえも監視されている。怒りと悲しみと全てがないまぜになり、ただ直接言えるわけもなく、尼寺へ行けと罵り祈ることしかできない。去り際の絞り出すような祈りを込めた「尼寺へ行ってしまえ」は愛情以外のなんと呼べばいいのか。そう、ハムレットの聡明さと悲しみと愛情深さを感じられる場面でした。

2位 寝室の場面

そうは言っても絵空事だった殺人が現実となり、加速する場面。血に濡れてしまったハムレットはもう止まれない、というのが悲しくも胸を打つ素晴らしい場面でした。同時に「こども」であるハムレットを感じるところでもあって、母にも気高くいてほしいという願いを懸命に伝えようとするのだけど伝わらず、諦める様は素晴らしかった。ハムレットはね、母にも気高く生きてほしいと願っていたんです、だから母を恨んだ。母の気高さを塗りつぶしたのは他でもない母自身で、父を崇高するが故の裏切りが許せない、ではなくて母自身への願いが裏切りによって汚された悲しみのように見えた。あの「言ってしまえばいい」は許したんではなくて諦め、母はある意味で純粋でだからこそどう言葉を尽くそうと届かないそういう人なのだ、と認め諦める息子。「そうでしょう?」が好きでした。

3位 乗船前の場面(同率)

「思いを残忍な血で満たす、さもなければクズだ」この台詞こそハムレットが変わった瞬間だと思う。母への諦め、そして窮地に追い込まれ、痛ましい決意。のちの「良心はちくりとも傷まない」に至る台詞だとも思う、傷まないように決意を下した、が正しいんじゃないかなって。なりふり構っていられない、というよりは、人ひとり殺してしまったのだからこそここで引いたり思い淀んだりしたらそれこそクズに成り下がってしまう、という気高さ故の決意に聞こえた。

3位 ローゼンクランツとギルデンスターンの場面(同率)

とにかくギルが好きだったんですよね。ローゼンクランツはアホの子という感じで声がでかくて動きもでかくて考えてはいるんだけど責められるとどうしよう?って言っちゃう。一方で、ギルデンスターンはビビりだけどビビりだからこそこの情勢で政権でどうやったら自分は生き残れるかずっと考えてるように見えた。結果としてはハムレットに負けるわけだけども。たぶんローゼンクランツよりギルデンスターンの方が明確にハムレットのことを好いてないと思うんだよね、そしてハムレットもローゼンクランツよりギルデンスターンがとても嫌い、こっちは好きではないレベルでなく嫌い。その根底にある"嫌い"が掛け合いのなかでよく見てとれたのが本当に面白かった。だって削ってるからだけどギルにばっかり暴力振るうもんね笑

5位 「to be or not to be」

「独白」足りうるに相応しい「独白」。視点を一点に集めて、静かに、自問自答そのまま呟くように、心の動きが見てとれるような気付きの瞬間。有名な台詞なだけにどう演出するかどう読むか気にならざるを得ない場面だけど、シンプルだからこそ吸い込まれるような場面だった。動きさえも極限までなくして、ただ己の呟きだけが会場を支配する。そういうの、ステージで視線を奪うやり方がわかっててそれをやってきた人だからこそかなと思ったし、なんかわかんないけどキャスティングの妙を感じた気がしたんですよね。「ただ怖いからだ」で思考が甦ったように見えたのが一番好きだった。

佳作
・剣の試合を打診される場面

5位までに入賞させたかった!後半特に好きでした、オズリックとの絡みという意味ではなくて、それに気付くハムレットの聡明さと悲しさ。ホレイショーは貴族が念押ししに来たとき怪訝に思ってハッと気付きハムレットに「負けますよ」「だからこの試合やめにしましょう」と言うんだけど、ハムレットはこのときもうとっくに気付いているように見えた。多分、ハムレットはクローディアスの周囲にいる人間のこと信用してなかったと思うんですよね、気に入ってはいても。だってそもそもクローディアスが何か話を持ちかけてくること時代が怪しいし。だから気付いてた、でも顔に出さずオズリックを転がしホレイショーと笑いあい、貴族が念押しに来ても極めて冷静で、ホレイショーに対しても冷静な態度をとった。真意まではわからなかっただろうし、どういう策略を練られているかもわかってなかったと思う、だけど何か企てがにじり寄ってきていることは勘付いていたんだと思った。そういう聡明さとだからこそついて回る悲しみが、この短い場面の底に漂っていたように思う。

・剣の試合の場面

真っ白でベストで手袋してフェンシングする王子がかっこよくないわけないじゃないですか!…という単純なかっこよさ。だけではなくて、母に汗を拭ってもらうときの幸せが滲む幼い顔が切なくて、直後ホレイショーにだけ見せる顔が見たくて、レアティーズと念願叶って剣を交えることが出来て楽しそうなハムレットが切なくて好きだった。母に汗を拭いてもらうところ、本当に良かった。嬉しそうな顔をするの、幼くて、まだ親子3人庭園で笑いあっていたころのような幸せな瞬間があのときにだけ蘇った。寝室の場面で一回ハムレットは母に対する期待とか希望とかそういうの諦めてて、でもだからこそ穏やかに嬉しく思えたのかもしれない。

・死ぬ場面

白い照明に照らされた白いハムレット、消えてなくなりそうだった。儚い美しさ。ホレイショーの悲しみが強く美しくて、毒入りの杯を握りしめ泣きながら震え、ハムレットに生きてくれと願われ一人生き残らざるを得ないホレイショーが哀れだった。「天使の歌が君を包み、君を安らかな眠りに就かれますよう。」君と呼びかけているのが一層辛くて、冗談を言って笑い合っていた時間が過去になってしまって、せめてこうやって抱きしめ涙する人がいることが救いとなりますように、と思った。詳細は振替公演記事にて↓

・祈りの場面

内に暴れ燃える感情を理性で引き留めるところがとっても良かった。一度剣を振り上げ、止め、また振り上げるのを苦しい顔をして止めるの、良かったよね。祈りの途中で他者に殺されると天で救いを受けてしまう、と思って思いとどまるハムレット。真に罪を懺悔出来ず真に願うことも出来ず天に救われることはない、と思って立ち去るクローディアス。両者の微妙なすれ違いも面白かった。クローディアスはそもそもわりと可哀想な生い立ちかなと思うんだよね。兄に出来損ないだと虐げられ、それなりに十分優秀なのにも関わらず戦の上手い兄の影にやっぱり隠れざるを得ず、罵り全てを奪う兄を恨んだ。まぁ兄弟の権力構想図的には今でもあるあるかな。だから、動揺して祈ってみるも考えてもやっぱり懺悔なんて出来るわけもなくて開き直って強行策に出る。「さもなければクズだ」と「願いは届かない」はわりと近いニュアンスだなと思ったりするわけです。

・亡霊と対峙した直後の場面

「筋肉よ、急に老け込むな」がすっごい好きだった。なんで好きなんだろう?わかんないけどとにかくここのぐっと力を入れて読む台詞がすごく好きだった。


番外編

・亡霊の場面

当時の宗教感と哲学が入り交じった難しい場面でもあったかな、と終わってから特に思う。日本人的感覚だと幽霊イコール真実を語るもの、ですよね。朝ドラとかそれの典型だし。でも、エリザベス朝時代(だっけ?)では真実とは自分の心が見るモノという哲学が存在してた。(本読んで勉強したけどこの辺最後まで掴めなかった、、) 且つ、プロテスタントでは亡霊の存在は認められておらず全ては悪魔が惑わすものだと規定されてた。これ推測だけど、悪魔って元々は堕天使で、良きモノが悪きモノに堕ちてしまう、悪事を唆す、から来てるのかなと思ったりして。そんで死んだから天国か地獄かに行くから地上に死者がいることはないだろう、みたいな。推測。だから、復讐じたいは良いことではない上に疑っていたことの確定情報を与えられて悪事を唆すつまり悪魔、か、父の姿を信じたい疑っていたことが事実であることが判明したつまり父の亡霊、なのかなって。揺れ。私個人的には事実だと思ってて、悪魔でも亡霊でもいいんだけど、ただ復讐をすることが当時どういう位置付けだったのかなってのは気になる。というか、パパはなかなかやなやつだなぁと亡霊の場面では思わざるを得なかったのもこの場面の面白さでもあって、証拠を出せない状況で王様を殺したらそれ隠し通さないと今度はハムレットが安全ではない人生を送らざるを得なくなるし、パパの発言は嫁に甘すぎるんだよねーー。篠原涼子ばりに年齢差ある年下のしかも世間知らずでかわゆさがウリのおんなのこを嫁に選んだんだろうなって。もちろんガートルードに拒否権はありません。だからパパは嫁を甘やかしてきたし嫁は甘やかされることが務めでもあったしその光景をハムレットは愛だと思ってて、母子の齟齬はそこにあるんじゃないかと思ったりしたりした。いやーやっぱ亡霊の場面面白いけどパパのことは超嫌いだな笑