ショートショート #2 『善悪行政』

 「しかし、世の中も窮屈になったものだな。何か、国民に善行を促す手段があればいいのだが。」
 一国の首相である男は、道端に落ちている財布を見てそう思った。長年続く不景気の中、人々は自分の生活に手一杯で、他人に気を配れるほどの余裕がない。自分にとって利益のある行動しかしないせいで、こうやって落し物すら放置されている。犯罪が起きていないだけまだマシ、という考え方はしたくないものだ。

 そこで私は、善行をしたものに補助金を出す制度を作った。財政や効率などは度外視で、とにかく世の中が良いものになってほしいという思いだった。
 善悪行政が行われてから、みるみると世の中は暮らしやすいものとなった。街行く人は皆笑顔で、道にタバコの吸い殻は一つもなく、マナーも良い素晴らしい国になった。

 施策が施されてから数か月、秘書が言った。
「総理、善行補助金のおかげで国民の幸福度は格段に上がりましたが、財源の確保が課題になっています。このまま行けば、来年度の歳入は半分が公債金になってしまいますよ。」
「うむ、しかしこの世の中の善のための政策を止めてしまっては、また前のように生きづらい世の中に戻ってしまうだけだ。」
ここで一つ、補佐官が口を開いた。
「では、悪行したものから税金を取ってはいかがでしょうか。法律などで定められていないモラルの逸脱した行為を咎めつつ、税収の向上が見込めますよ。」
「私としてはなるべくポジティブな方法をとりたいものだが、国が潰れてしまっては仕方がない。それで行こう。」

 悪行税が施行されて以降、国民の生活は苦しくなった。過剰に悪行に対して厳しくなり、半ば自己犠牲を前提とした善行をしなければ密告され罰金まがいの税金を支払わさせられるという、想像を絶するディストピアが出来上がってしまった。

 当然のごとく、首相には批判が集まり、自宅には多くの抗議文、終いには誹謗中傷まで届いた。責任を感じてか、はたまた非難に耐えられなくなったか、男は辞任することにした。

 辞任した翌日も、男の自宅には大量の手紙が届いていた。
「あら、あなた。手紙が届いていますよ。」
「もういいんだ。私は総理じゃない。今私をいくら非難したって、もう私には行政を動かす権限はないのだ。個人からの手紙はすべて捨てておいてくれ。」

「いえ、税務所からのものですよ。」