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5/8まで 恵比寿 個展【cool abstract exhibition】

【開催概要】
『cool abstract exhibition』 yoshimi yoshimoto
abstractart exhibition japan
会期 :2024年4月29日(月・祝)~5月8日(水)
作家在廊日5/4 5 8(他未定)
会場 : AL(東京都渋谷区恵比寿南3-7-17)
開館時間 : 12:00~19:00 会期中は無休

作家プロフィール | 吉本義巳(よしもとよしみ)
京都出身。美大卒業後、 広告代理店や百貨店に務め、フリーのグラフィックデザイナーに。20歳ごろよりイラストレーター・デザイナーの原田治氏に師事。マガジンハウス出版物での連載や新潮社刊行物や販促物でデザイン・挿絵・挿画などを担当。各美大各専門学校の講師を務めつつ、 個人事務所を設立、 グラフィックデザインやエディトリアルデザイン、プロダクトデザインや店舗デザインまで手がける会社として法人化。現在京都を拠点とするdesign studio paperweight株式会社代表取締役。

【トークイベント】
吉本義巳(abstract art)×高田ほのか(短歌)トークショー
「~Abstract_art×短歌 作品の背景を紐解く~」
cool abstract exhibitionは、作品の一部で若手女流歌人として活躍中の高田ほのかさんとコラボレーションしています。
コラボに至った経緯や作品が生まれる背景など、縦横無尽に語るトークショーを開催します。
ギャラリーに飾られたabstract artと短歌を眺めながら作品世界を紐解きます。

日時 : 5月4日(土) 15:30~ (15:00受付開始)
参加費 : 無料
予約制:https://forms.gle/B5ePGv4MuR6gR7wH6

【トークイベント 第2弾】NEW!
吉本義巳(abstract art)×中野裕之(映像作家、映画監督)トークショー
「~コレクションの行く末を考える~」

京都で淡々と暮らしを愉しむアートディレクターで画家のアトリエや自宅の京町屋を
世界的に活躍されている、映像作家で映画監督の中野裕之氏が解説。
四季折々の草花が楽しめる庭の縁側に
は祖父から譲り受けた北欧家具。食事がより美味しくなる、器の数々。古い文献やペーパーバック。無造作に並ぶ欧州の雑貨などなど。
「個人レベルでの管理を超えて守っていきたいコレクションだよ」と、とても素敵なお言葉をいただいた逸品たち。

やがて画家が管理できなくなることがあったとしたら、どうするべきか。
また、同じようにマキシマリストとして今後を考えている方がいらっしゃったらぜひ話をしたい。

可愛いもの、美しいものを手にとって愛でて、だれかと意見交換をする。
今はずっと減ってしまったけど、ごく当たり前のコミュニケーションを専門家の見識を交えながら皆さんで楽しむ時間を設けたいと思います。

日時 : 5月5日(日) 15:30~ (15:00受付開始)
参加費 : 無料
予約制:https://forms.gle/dXamZW15UQPKcG4ZA

【コンセプト】
cool abstract exhibitionは、作家 吉本義巳の師匠であった原田治氏を悼んで始まった企画です。

〜原田治さんの島のアトリエの夏休みに
コラージュ指導を楽しく受けた思い出〜

抽象画はグラフィックデザインの仕事の傍ら、個人的な楽しみとして制作してきました。

興味が更に加速したきっかけは、デザインの師匠である原田治さんです。

わたしがアートディレクターを務め
2001年から始まった京都の酒造会社ネットマガジンで展開した原田治さんの連載において、
原田治さんの島のアトリエを撮影取材しつつ、
弟子のわたしは抽象画・コラージュの手ほどきを受けました。

グラフィックデザインの指導は鬼教官でしたが、
「絵」となると柔和な雰囲気に変わり、夏の陽射しを浴び、
楽しく語らい(知識の圧倒量に気押され、わたしは聞くほかありませんでしたが)
糊とハサミにカッターナイフ、アクリル絵具、水彩絵具、パステル、色鉛筆を使って。
合評時間は椰子の見えるバー。BGMはコールマン・ホーキンスやちあきなおみや石川さゆり。
「パレットクラブって名付けたの、ペーター(ペーター佐藤さん)なんだよね」と
呟かれる原田さんと煎茶を呑みながら…。

ひとしきり遊んだ後は、
わたしが昼メシ当番や晩メシ当番を担当して(「美味いね、ヨシモト」が嬉しかったな)
又試作を重ね続けました。 Summer training Days、
そんな思い出を詰め込んだ個展[cool abstract]を行います。

裏テーマは「喪失と再生」です。

わたしが20代初め頃に出会い、長きに渡り親交を深めた原田治さんは故人となりました。
多大に影響を受け、共に過ごした時間が長いほど、自分の一部を失ったように感じます。
「誰かと過ごした思い出や記憶」の中に「わたし」がいて、
それが自分自身を形作るから、喪失感が生まれるのでしょう。

自分にとって特別だった出来事を覚えている人がいない、
共有できないのは辛く悲しいことです。
そして原田治さんを知るわたしの家族も相次いで亡くなってしまいました。

ルイーズ・グリュックの詩『野生のアイリス』の一説にある
“At the end of my suffering there was a door.〈苦しみの終わりに 扉があった。〉”
という心境に変わりつつある自分がいました。
「悲しい、寂しい、わたしも死んでしまおう」ではなく、
そこから出て生へ向かう扉、明かりの方向へ進んでいく。

「原田治さんと過ごした思い出や記憶」を、作品を通し誰かと共有することで
喪失の先にある扉を見出せるのかもしれない。
今、そんなふうにわたしは思います。

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