ブリュッセル、ミュンヘン、そして始まりの挨拶

世の中には2種類の人間がいる。日記を書くのが好きな人間と、そうでない人間だ。私は完全に後者で、これまで多くの“やったほうがいい理由”を見つけては努力はしたものの、それと同じ数、挫折してきた。

勝手なイメージかもしれないが、日記を書くのが好きな人たちは、書きながら考えられる人たちで、ためらいの無さが文章の美しさにもなり、自分の文章が届く相手を広く想定する柔らかさにつながっている気がする。私はおそらく考えながら書くタイプだが、軽やかさの代わりに慎重さを獲得しているかというと全く違う。それは、頭の中に能力は低いのに狭量で口うるさいチェック職人が何人もいる感じで、彼女達はいちいち「その文章は先に書いたものと矛盾していないか」「その例えは適切か」「今書いたことは対象の全てに当てはまるか」「そうやって書いたことは実はお前以外の人にとってはとっくに自明の理で、何の価値もないのではないか」と聞いてきて、ただただ、遅さと硬さをもたらす。今日あった出来事を簡単に残しておきたいだけなのに、そうした職人と折り合いをつけるのはなかなか大変で、私が日記を書くことを得意になる日はきっと一生こないだろう。

そんなわけで、5月23日から始まって5月30日に終わる予定の、ブリュッセルとミュンヘンの取材旅行日記を書くという当初の目論見はまんまと崩れた。とは言え、この数日間で感じたり考えかけたりしたことは多く、かなり重要なものもある気がする。私のことだからこれをそのままにしておくとほとんどが忘却の彼方に埋もれるはずなので、乱暴を承知でここに一気に書き留めることにした。重要度は順不同、文脈の整合性は二の次、ともかく帰国してからのアウトプットの前段となるアウトプットとする。

23日の朝に成田を出発して(7時には空港に着いていた!)、確かブリュッセル空港には夕方17時過ぎに到着したと思う。26日の朝に立つまで滞在したブリュッセルでの第一の目的は、クンステン・フェスティバル・ダザールに招聘された岡崎藝術座の『+51 アビアシオン、サンボルハ』の初日を観ること、次いで、同フェスティバルの上演作品をできるだけ観ることだったが、ここで得た1番の刺激は、プリコグ代表の中村茜さんと話したことだった。「この10年の、ヨーロッパの景気の落ち込みによる演劇祭への影響」「海外で公演をすることの、俳優にとってのモチベーション」「字幕」「『三月の5日間』の大成功と『フリータイム』の挫折」──。それぞれが大きなトピックになる諸問題を含んでいて、そこから急遽決めたインタビューが2本あった。同フェスのディレクター、クリストフ・スイフマイルダーには1時間半とたっぷりのインタビュー時間をもらえたので「ヨーロッパによるエキソチシズムの消費」「公共と多様性という曖昧な言葉」「中央の地盤沈下と周辺の存在感/ヨーロッパと東京」について聞いた。正解をもらうためでなく、同じ問題に先行して取り組む人達がどうしているのか、という質問。

そして26日からのミュンヘンでは、カンマーシュピーレ(劇場)でヨーロッパツアー中のチェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』を観るのが目的だが、同じ劇場の施設内で行われている『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』のドイツ人俳優(正確にはドイツ語圏俳優。劇場所属の俳優で、ドイツ語圏内の国の出身なら応募資格があるそう)によるリハーサルも見学。これがすこぶるおもしろい。「つい笑ってしまう」という意味でのおもしろさと、「考えさせられる」という意味でのおもしろさと。俳優が、戯曲について、また、自分が選んだ演技について説明する言葉を当たり前に持っている。「あのあたりから戯曲のレベルがワイドになってくるから、それに合わせて体をこう動かしたんだけど」といった言葉が、ごく普通に。これは当然、岡田さんも演出が楽しくなるはずで、具体的な会話が和やかに進む。演技を一旦止めて演出家が俳優に指示することを日本では「ダメ出し」と言うが、その光景に「ダメ出し」という言葉は似合わない。その会話をする時に、俳優が椅子に座るのもいいことだと思った。日本だと、演出家は演出席から座ったまま、俳優は立ったままということが多くて、学校で出来ない子が罰としてそうさせられる(今はそんなことはしないのだろうか?)、立たされているようにも見えるから。28日の午前中は、前夜にミュンヘン初日を開けた『部屋に流れる〜』チームが全員、『ホットペッパー』の稽古を見学。「特に指示はしていないのに、日本人と同じ動きが結構出てくるんだよね」と岡田さん。私は昨夜はSHE SHE POP『50 Grandes of Shame』、その前はニコラス・シュテーマンがイェリネクの戯曲を演出した『WUF』を観劇。『WUT』は4時間超えだったけど、ちっとも飽きず。とにかく賑やかな舞台だった。今夜は『部屋に流れる〜』を観て、明日、帰路へ。その間にカンマーの芸術監督マティアス・リリエンタール、岡田、『部屋に流れる〜』のキャスト(青柳いづみ、安藤真理、吉田庸)、『ホットペッパー』ドラマトゥルグのタルン(全員敬称略)のインタビューをしたり、これからしたり。

といったところで、これら↑をどこにどう発表すればいいのかは、鋭意考え中。決まったら、その都度告知します。


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