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読書感想『心を病んだらいけないの?』

こんにちは。栗原白帆です。斎藤環さんと與那覇潤さんの対話集『心を病んだらいけないの?』を読了しました。

今回の読書で印象的だったのは第5章「話でスベるのはイタいことなの?」にあった「発達障害は、発達します」(P.144)という神田橋氏篠治さんの言葉を引用した箇所でした。

私は高校教育の現場からインクルーシブ教育について考えていますが、学校ってどうしても危険回避型指導をしがちなんです。
「うまくいかないとパニックになるから、やめさせておこう」
「きっと傷つく結果になるから、別のことをすすめよう」
といった感じです。

もちろん教員は「その子のためを思って」そうしています。
人前でパニックにさせてはいけない、傷ついて悲しい思いをしてほしくないと思って、その子を守るために事前に危険回避するんですが、結果としてその生徒から失敗するチャンス(失敗して自分でなんとかするチャンス=成長)を奪ってしまっているともいえるわけです。

発達障害とは「能力がこれ以上伸びない」という意味ではありません。むしろストレングス・モデルのように、本人のポジティブな特性を伸ばしていくことが大事になる。発達障害に「なった」ことの責任を問う必要はありませんが、発達障害「である」ことを踏まえて今後どう成長していくかを考える視点まで、失われてしまっては困るんです。

第6刷 P.144(強調栗原)

「今後どう成長していくかを考える視点」。
危険回避型指導には決定的に欠けていた視点だと猛省しました。

でも、私はこれを声を大にして言いたいのですが、「どう成長していくかを考える視点」が必要なのは教員だけじゃない、その生徒の養育にかかわる人(主に保護者)すべてだと思うのです。

残念ながら、今はまだその視点を持てる人がすごく少ない。
保護者も、教員も、診断が出たという事実で立ち止まってしまい、じゃあどうするか、というところまで議論がされない。その結果、その子が一日の大半を過ごす学校生活がその場しのぎの対応に終始してしまい、結果としてそれが危険回避型指導になっているわけです。

もったいない、と思います。

保護者にはもっと学校を有効活用してほしいです。
「うちの子は将来こんなふうになってほしい(就職してほしい、進学してほしい、友達を作ってほしい、一人暮らしができるようになってほしい)」という、具体的な将来像を教員と共有してほしい。

その将来像に近づくためにどんな成長が必要か、そのためにどんな支援ができるのか、を一緒に考えたいのです。

進級や高校卒業は将来像にはなりません。
進級や卒業だけなら、できます。個別支援を徹底し、配慮して、個別の評価基準で成績を出せば進級も卒業もできます。

でも、そうやって危険を回避して卒業した後は?

子どもにとっては高校を卒業した後の人生の方がずっと長いのです。
その長い人生を豊かに過ごすために高校3年間でどんな成長をしなければならないのか、を考えなければならない。

発達障害だとして、じゃあどんなふうに生きていきたいか、というところを話し合わなければいけないと思います。

それが有意義な特別支援、個別支援なのではないか、と思っています。「今後どう成長していくかを考える視点」とはそういうことではないでしょうか。

今私が考えていることにぴったりだったので、つい特別支援と結び付けて書いてしまいましたが、本書は特別支援について書かれた本ではありません。
「ひきこもり」専門の精神科医の斎藤先生と「うつ」を体験した歴史学者の與那覇さんが現代社会のあたりまえについてお互いの考えを述べていく対話集です。

第1章「友達っていないといけないの?」から始まり、第2章「家族ってそんなに大事なの?」第3章「お金ってそんなに大事なの?」第4章「夢をあきらめたら負け組なの?」と続いていますが、どこから読んでも同じ疑問を抱える人にとって共感できる内容が書かれていると思います。

終章まで含む、全9章。
どの章にもそれぞれ気づかされる部分があり、考えさせられる一冊です。


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