熱力学の偏微分は「変」な微分
「偏微分」という用語も、なかなか難解な用語ですね。
偏微分自体は簡単です。例えば関数 f として、
f(u,v,w,x,y,z) = ux^2 + vy + (w^3)z^4
なんていう「多変数関数」を適当に考えた場合、これを
「x について偏微分しなさい」
と言われたら、
x 以外の変数は全て定数
とみなして、
∂f/∂x = 2ux
ってすればいいんです。
これは、いくつか変数がある中で、
x だけを変化させたときに、f がどう変化するかを調べる
という操作になるのですが、これが果たして文字通り
「偏り」を調べた
ことになるのでしょうか。
偏微分の反対は、「全微分」という事になります。(全微分については以下の記事の最後を参照して下さい。)
これからすると、
x 方向に「偏っている」事を調べるには、むしろ全微分が必要
なのではないでしょうか。どの方向に偏っているかなどは、これで調べた結果わかるものです。
さらに言えば、
「偏」と「全」
は日本語としても対応していません。実際に英語で「偏微分」は、
Partial differentiation(「部分微分」)
なのです。何故そう訳さなかったのでしょうか。ぶんぶん五月蠅いから嫌だったのでしょうか。蠅だけに。
はい、「五月蠅い」というのを書くための前振りでした~(長いよ)。
●熱容量とは
前回は、「閉じた系」、「断熱系」、そして「孤立系」におけるエネルギ保存則の式を導きました。
もう一度書くと、「内部エネルギ"U"」という量を導入して、
dU = TdS - PdV --- ( 1 )
でした。この式の着目すべき点は、
温度"T"が一定の範囲でやり取りした微小な熱"TdS"
と、
圧力"P"が一定の範囲でやり取りした微小な仕事"PdV"
を考えているという事です。
ここでまた新たに、「熱容量」という概念を導入します。熱容量とは熱のキャパシティなわけです(ルー語または長嶋方式、どちらにしろ古い)。
「容量」とは入れ物の大きさの事ですから、
「熱がどれだけ入るか」
というのを表す値です。
ところで、皆さんはスーパーなどで、
「詰め放題」
ってやったことありますか?決められた大きさの袋の中に、商品を詰められるだけ詰めて、いくら詰めても1袋いくらっていうあれです。
そこで、沢山袋に詰めるときはどうするでしょうか。押しつぶしても問題ない商品であれば、袋が破けない程度に強く押し込みますよね。
さて、熱量
δQ = TdS
に関して、強さを示す「示強変数」は何だったでしょうか?
そう、温度です。つまり、
熱を沢山入れるには、温度を上げればいい
のです。そして、
「一定の熱与えた時どれだけ温度が上がるか」
または、
「一定の温度上昇でどれだけの入熱になるか」
を表わす指標が、この「熱容量」になります。
式としては、
"⊿Q"の熱を与えた時、温度が"⊿T"上がったとすると、"C"を熱容量として、
⊿Q = C⊿T
という式が成り立ちます。これには様々なアナロジーがありますが、「コンデンサ」や「ばね」のモデルが最も良いでしょう(下図)。
「コンデンサ」の場合は、
電荷"Q"を与えた時、電極間の電圧が"V"となったとすると、"C"を静電容量として、
Q = CV
です。また、「ばね」の場合は、
変位"x"を与えた時、ばねの反発力がが"F"となったとすると、"k"をばね定数として、
x = F/k
です。ばねの場合、
ばね定数の逆数を「変位容量」と考える
ことができます。
ただ気をつけるべき点は、この場合のアナロジーは「容量」の意味に限るものであって、各変数の性質は必ずしも対応していません。ちなみに、熱容量に関しては、物質の量に比例するので、「示量性」となります。
●過程によって変わる熱容量と偏微分
ところで、何度も申し上げるように、「開いた系」で熱を与える過程は「等圧過程」であり、「熱膨張」という現象があります。「膨張」は
⊿V > 0
であって、それが起こったのが「真空中」、つまり
P = 0
でない限り、
系は外界に仕事"P⊿V”をする
事になります。つまり、熱膨張が起こる時は、エネルギ保存則により、
その仕事の分、系に与えられた熱が費やされている
はずです。
本来「熱容量」は、
物質の種類とその量が決まれば決まってほしい値
であるので、これは少々厄介な問題です。そこで、以下のように考えます。
閉じた系の(準静的な)状態変化として挙げた、
「定積過程」「定圧過程」「等温過程」「断熱過程」
のうち、
等温過程と断熱過程は、熱の出入りに対する温度変化が無い
ので、まずは定積過程について、熱容量を考えてみましょう。
定積過程は文字通り
⊿V = 0
であり、膨張しないので、( 1 )式は
dU = TdS
と、入ってきた熱が全て内部エネルギーの増加になります。つまりここで、「定積熱容量"Cv"」というものが定義できて、
Cv = ⊿U/⊿T
とできるわけです。これは、
内部エネルギ"U"の温度"T"による変化
という事なので、微分を使って表現します。しかし、
Cv = dU/dT
と書くことはできません。何故なら、内部エネルギは、本来体積や圧力、エントロピーでも変わる可能性があるからです。
つまり、内部エネルギを関数とみなすと、
U = U(V, P, S, T)
という「多変数関数」であり、「偏微分」の形で
Cv = (∂U/∂T) --- ( 2 )
と書きます。
数学上はこの表記で問題無いのですが、熱力学上は、常にこの関係が成り立つわけではありません。あくまで、
「体積"V"一定」の変化でのみ、この式が成立する
ことになります。
なので、( 2 )式は
Cv = (∂U/∂T)v
と、
一定にする状態量、この場合は体積"V"の添え字を偏微分の式に付して
表します。もう少し数学的に言うと、
U = U(V, T)
と、
"U"を、独立変数"V"と"T"の関数とみなした上で
(以下の補足参照)温度"T"で偏微分するということを表わしています。
では、
定圧過程での熱容量
はどう書けるでしょうか。というのはまた次回にします。
■補足:熱力学における偏微分
熱力学では、上のような「添え字付き」偏微分が分かっていないと、もうお手上げ状態になります。
数学では例えば、
z = f (x, y)
の普通の偏微分も、添え字をつけると
(∂z/∂x)y, (∂z/∂y)x
と書けます。しかし数学の場合は、熱力学のように、
z = f (x, y) = g (u, v)
と、
変数によって異なる関数の形を取る
関数の定義は許されず、
z = f (x, y)
といったら
z = f (u, v)
でなければなりません。だから、「添え字」など付けなくても混乱する恐れが無いのです。
しかし、熱力学では、
通る過程によって、状態量の取る変数が違う
ため、「関数の式」も違ってきます。そのため、
「どういう過程で考えているのか」、
つまり、
「どの変数の関数になっているか」
を明示する必要があり、添え字をつけるわけです。
例えば、
( )v, ( )p, ( )s, ( )t
となっていればそれぞれ、
「定積過程」、「定圧過程」、「等エントロピー(可逆断熱)過程」、「等温過程」
を表していて、
それぞれの過程で成立する関数関係
を考えることになります。
これが、純粋な「数学」と「物理数学」で大きく異なる点の一つとなっています。「物理数学」では、必ず変数が何らかの物理量を表していて、もともとの
「物理的な定義」
を現象から考えて、数式を立てる必要があるわけです。
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