ノーベル賞のくだらなさについて

(2018年10月7日にFacebookに書いた投稿の編集再掲です)

2018年のノーベル生理学・医学賞(というか、ノーベル賞に反応した各種報道)にはうんざりしました。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize2018/jyusho/index.html

ご存じのとおり、オプジーボは画期的な薬ではありません。いまのところ一番インパクトが大きかった試験結果は非小細胞癌に対する使用だと思いますが、毎年続々と出ているがん治療の新薬の中で、それほど突出した結果とは思えません。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26412456

「セカンドラインで」生存期間を「中央値3か月弱」伸ばした。なるほど素晴らしい結果です。その恩恵に浴した患者にとってはかけがえのない時間が得られたことでしょう。実際に使わなかった人でも、「オプジーボが使える」と思えることが心強く感じられる場面はあったでしょう。素晴らしいことです。

しかし、慢性骨髄性白血病に対するイマチニブの劇的な効果は忘れられてしまったようです。大多数の患者の寿命を年単位で伸ばした薬より、中央値3か月を伸ばした薬が評価されているわけです。ノーベル賞は白血病に対する葉酸拮抗薬、精巣癌に対するシスプラチンの効果も拾っていません。そんな歴史を受けてオプジーボを高く評価した理由がどこにあるのか、僕が不勉強なせいか、よくわかりません。

オプジーボが出てきた当初によく言われた「理論上はあらゆるがんに効く」という謳い文句はいつのまにか消えています。兄弟のキイトルーダが原発巣を問わない使用についてFDAで承認済みであることからすればむしろ実現に近づいているはずですが。

https://www.keytruda.com/msi-h/

「理論」というものがどういうものか寡聞にして知りませんが、ともあれオプジーボは非小細胞癌のファーストラインでは効かないことが証明されています。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1613493

多発性骨髄腫についての臨床試験はFDAのお達しでpartial clinical holdです。

【追記:これを書いた時点ですでに、FDAのお許しが出たので再開されていました。 https://news.bms.com/press-release/corporatefinancial-news/us-food-and-drug-administration-lifts-partial-clinical-hold-op 上の事実に間違いはないので訂正せず元のまま載せています。】

ノーベル賞はいち私的団体の評価にすぎないわけですから、受賞者をどう選ぼうと勝手なわけですが、それをあたかも至高の科学的事実のように報道するのはいかがなものか。

ノーベル賞にはロボトミーという黒歴史があります。一時は素晴らしいと思われたものでもすぐに覆るかもしれないのが現代の医学なんであって、「オプジーボの投与を受けがんを克服した」という体験談をもっともらしく(オプジーボを使わなくても同じくらい生きたかもしれない、という注記なしに!)添えるに至っては、厚労省があれほど強硬姿勢で医療機関の広告を規制したのを知らないのか、「記事」だから関係ないというスタンスなのか。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000209841.pdf

というか、オプジーボについてはまさに報道が過熱していた2016年に、不適切使用で死者が出たために「適正使用のお願い」が出た歴史があります。

https://www.pmda.go.jp/files/000213183.pdf

この点に絡んで言われている「免疫療法という名前がインチキクリニックとまぎらわしいから」という点はマイナーな問題だと思います。

https://www.asahi.com/articles/ASLB54FDVLB5ULBJ00M.html

そもそもオプジーボが画期的な治療薬などではない。作用機序がほかと違うと言うなら、同じくらいほかと違う薬はごまんとあります。そして何より、長期のアウトカムについてはまだ待つしかない時期にあります。免疫チェックポイントについての発見が医学史上(と言って大きすぎるなら「癌治療史上」と言ってもいいですが、件の賞は「生理学・医学賞」であった気もしますが)どのように位置づけられるかはまだ不明です。そしてそれはおそらく、「セカンドラインで生存期間3か月延長」より大きい意味は持たないでしょう(というか、これをより大きくできる発見が今後もし現れるとすれば、それは全然別の業績です)。

効く新薬が出るのは素晴らしいことです。オプジーボは効く薬です。その意味でオプジーボは素晴らしいですが、「すごく効くからノーベル賞を取った」とはお世辞にも言えませんし、いわんやノーベル賞を取ったからますます効くようになるわけではありません。


ぼくはオプジーボに対して特に「良い」とも「悪い」とも言う意図はありません。効きそうな人は使えばいいだけのことです。

ただ、ノーベル賞については「臨床的利益のエビデンスには基づかない」ことが改めて確認された、というのが率直な感想です。これは僕の個人的な感想にすぎませんし、ノーベル賞もまた私的な評価にすぎませんので、それぞれ好き勝手であってよいのだと思います。しかしそういう種類の事実を報道する姿勢はもうちょっと中立的であってほしいとも思います。

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