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表面をなぞる生き方、これでいいのか。

最近、自分の中から何かが生まれているという感覚がないです。

何かを書こうと思っても、最近読んだ本だったり、見た番組から一時的に刺激を受け取っただけで、それについて詳しく話せる訳でもなければ、大きく語れるようなものでもない、ただ誰かと共有したいや、話してわかって欲しい。ただそれだけで、中身の伴わない生き方になってしまってないか?と悩んでいます。

本を読んで、これは凄い!と思ってもそれを思いついたのは自分ではないし、自分が書いたところで他にもっと詳しい人はいる、などと考えが巡り、書く手が止まってしまいます。

今書いていることも果たして自分というものが感じていることなのか何なのかも怪しいくらいです。

人と深い話をするという機会がなく、深い話とは?という普通の人が気にも留めないような所でつまづいてしまいます。

私的に深い話とは何かの背景だったり、内容だったり、実はこうなんだよ。と見えている部分の奥というか裏側の話が深い話にあたるのかなと考えております。

例えば、インテリアで、これがいい!と書いていたらそっくりそのままそれの何が良くていいと言っているのかなど深掘りせず人に良いらしいよ!と話してしまうので、薄っぺらくなるのかなと。

人がいいと言っているものを片っ端から購入するわけにもいきませんし、その辺りのバランス感覚とかが難しいと感じます。

あとは、深い話をしようと思うと、深くなる熱量だったり、実はアレって。に面白みを感じてくれる相手でないと楽しくないのでは?と思っていたりします。

ただ、自分が好きで気になることを調べて、調べたことをその内容に全然興味のない人に話した所で、深い話とはならず、何かよく分からないことを凄い熱量で話されたな。で終わる気がしています。

そういう点で同じ趣味や思考の人と巡り会えてない、もしくはそういう話にまで到達出来ていない自分はまだまだ人として浅はかなんだなと思ってしまいます。

長期的な関係、深い関係、話してお互いに何かを得られる関係を人と作っていくところから始めないと浅く、物事の表面をなぞるだけのままになりそうです。

深く関われる人を一人でも増やして深い実りある人生、生き方にしていきたいです。

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