後悔しますかしませんか

「後悔しないように生きてきました」

「後悔したことはありません」

「後悔をバネにし、今の自分があります」

そんな風に言える人を羨ましく思う。
私は大なり小なり、毎日が後悔の連続だ。バネにできることはほとんどない。

小さいものは、なんでポテトチップス一袋食べちゃったんだろとか、なんで昨日早く寝なかったんだろとか、そういう類のもの。これはまぁ、喉元過ぎて熱さを忘れて繰り返すパターンのものだ。そういえばラーメンを食べるたびに口の中を火傷して後悔するがそれが改まったことはない。

金銭に関する後悔はそういえばあまり感じたことはない。
お金があるわけではない。ただ、そうやって手に入れたものに満足するので、お金が心許なくなってもまあいいやで済ましてしまう。実際なんとかなるものだ。それに無くなるといっても、無尽蔵に好き勝手使っているわけではないのだし。

健康に関する後悔は多少なくはないが、これは仕方のないものだった。
貴重な体験ができたのだし、なってしまったものはもう対処するしかないのだ。これも後悔するようなことではない。

仕事に関する後悔はずっとある。前職でも今職でも。
この先どんな仕事についたとしても後悔し続けるのではないか、そんな不安が常に私の中にある。

しかしそれらよりもっと私の中に大きく占める後悔がある。
それは私が最も苦手意識のあるもの。
仕事とも密接に関係しているもの。

人間関係だ。

私の交友関係は非常に狭い。
世の中には職場の人達とも退職後まで仲良くしたりできるすごい人が多いが私は違う。
職場を何度か変えたが、今もなお繋がっている人は一人もいない。
友達ですと胸を張って言える人数など両手足の指が余る。
そんな人間でも小さい田舎のものではあるが踊り団体の仮にも代表に収まっているという事実は結構恐ろしいなと思う。
ちなみに代表をしっかりやれているかと言われるともちろんそんなことはない。
ありがとうチームのみんな。

そんな私にも一応、先ほども言った通り両手足に余るほどだが友人がいる。

約二ヶ月ほど前、その中の一人の友人をひどく傷つけた。

その友人とは高校で知り合った。
なんだかんだで趣味の合う、頻繁に連絡を取り合っていた大切な友人だった。

事の発端は私が友人に対する不満を溜め込みすぎたことが原因だった。
どんなに気の合う友人であっても、どんなに大切な人であっても許せないことはある。人間だもの。
ただ世の中には、それを何らかの形でうまく処理できる人間とそうでない人間がいて、私はそうでない人間だった。
そして、私はとてもタイミングの悪い人間だった。

例えていうなら、悪意なく気まぐれに歩きながらぶつかって来られるのに耐えられなくなって、「やめて」とちょっと腕で押しのけたつもりが、その友人にとってそれは最悪なタイミングでの力のかけ方で、足を踏み外して段差を落ちて大怪我をした、そんな感じだろうか。

そんな訳で、私はこの二ヶ月ほど、毎日彼女のことを考え、何が最適だったのか、今どうすることが彼女への最適なのか、思い悩みながら過ごしている。

私が彼女を押しのけた理由をうまく説明できたかはわからないし、彼女がそれをどう解釈したかも正確にはわからない。元の友人関係に戻れるかももちろん不透明だし、そうはなれないのではないかと考え込んでは落ち込んでいる。

後悔しません、後悔をバネにできます、という強い人なら、何か対策を考えつくのだろうか。

しかし残念ながら私は後悔するのだ。後悔するような生き方をしてしまうのだ。
今回は大切な友人をひどく傷つけてしまうというやり方で。

この後悔がいつまで続くのかわからない。
もしかしたら一生、心のどこかでくすぶり続ける後悔になるのかもしれない。
後悔しないような器用な生き方に今更戻れないのならばしかし、それも仕方がないのだ。

寝ても覚めても、私は彼女に怒り、悲しみ、懺悔し、後悔し続けるだろう。
せめていつかもしも元の関係に近いところまで仲直りしたとして、彼女を再び傷つけてしまわないかと考えて、まだ仲直りできるつもりでいるのかという自分とそもそもあちらの無神経が原因じゃないかと怒る自分がまた争い始める。
ああうるさい。いい加減にしてほしい。
そういう感情の行き過ぎこそが、彼女を傷つけたというのに。

結局私は、後悔から何も学ばないタチなのだ。

#日々


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