妄想:「分業格差」が事故を増やす
この分業は、「専門に行う職業・職種が社会を構成している」という意味で書こうと思います。
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昭和の時代、3Kと呼ばれた職業がある。「きつい・きたない・きけん」を表す。そして、現在は6Kとよばれる。「かえれない・きびしい・給与が安い」が追加された。
だが、社会構造として6Kの仕事を熟さなければ全体が崩壊する。対極にある職業は、思惑などの価値創造だけで優位な立場に就くことができる。生活・生産・消費のどの場面においても、6K従事者とその対極者(以降、非6Kと呼称)には格差が広がっているのだ。
非6Kは、社会インフラ(6K職種)の恩恵を受けている。その6Kが疲弊したとき、安全は崩壊する。本来個々が持つべき能力である6K仕事を熟せない非6Kは、なすすべもなく崩壊に引きずり込まれる。
現在、人出不足を真に改善せねばならないのは、6K職種であることは言うまでもない。社会構造としてここを強化していくために何をなすべきか。
経済全体を崩落させないように、6Kをニンゲンからロボットや人工知能に置き換える流れを加速させることが重要である。同時に、6K従事者を非6K職種へ転換することも大切である。個々が「究極の場面でお世話になる」対象がロボットや人工知能であることに違和感を覚えない社会へ早くたどり着くことが今後の社会構築にとって欠くことのできない文明・文化への道となっていく。
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正月で発生した事故は、「社会がお任せしている」専業の人々を亡くならせてしまった後悔が私の胸に去来します。不眠不休で働く人々。災害も戦争も医療・福祉も上下水道や建築・建設も農林水産も専業の人々に負わせることが多い。
個々が全体の基盤に責任を持つ。時間があれば個々がなにがしかの関与をする習慣が必要。ロボットや人工知能の助力を受けながら、標準化された作業であればできるはず。時々に公に従事する人々が増え、緊急を要する事象に常にかかわっていく文化・文明であること。その端緒が2024年であればと、妄想した次第。
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