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【深い社会】06 「鬼滅の刃」は優れたアニメなのか。

正直、鬼滅の刃のアニメを初めて見たとき、どうしてこんなものが取りざたされるのだろうと思いました。

なによりグロい。
演出がふざけすぎ。

かなり我慢して最初は見ていました。
なぜ、我慢しいたかって?
だって、子ども達夢中だし。センスが古いって言われたくないですから。

一体全体、「鬼滅の刃」のどこが良い作品なんでしょう。
みなさんは、何を根拠にしますか。

ヒュームも、「趣味の基準について」(1757)で同じように考えました。
様々な芸術作品があるが、美しい・醜いはどうやって決まるのか。

ヒュームはイギリスで生まれた「経験論」を取った人です。
「私たちの目の前にあるものを認識する力は、すべて経験による。
つまり目の前にあるものは経験に基づいた印象でしかない。」

彼によれば、美しさもまた、経験によるものとなります。
でも、鬼滅の刃は、あの子もこの子も面白いと判断しています。
経験に基づくならば、あの子は面白い、この子は面白くない、といっていいはずです。
大正時代のお話だし。経験なんかできるわけない。

でも、子どもたちはみんな鬼滅の刃が大好きです。
どうしてそんなことが起きるのでしょう。

ヒュームは、ある優れた批評家集団のおかげだと言っています。
ある批評家集団が、その作品に対しての美しさの識別が大衆に広まっているだけだ。

さらに、優れた批評家集団は5つの条件をクリアしているとしています。

1 鍛錬(様々なアニメを見て価値観を向上させなくてはならない)

2 比較(様々なほかの作品を比較してよさを識別しなくてはならない)

3 先入見からの自由(他の人の意見に惑わされず自分で判断しなくてはならない)

4 趣味の繊細さ(丁寧に作品を鑑賞して判断しなくてはならない)

5 良識(作品に対して判断基準が優れていなくてはならない)

そっかー、一部のコアなファンが、「鬼滅の刃」面白いってさんざん宣伝しているから、
子どもたちは、みんな、面白いって思いこんでるんですね。

私みたいなひねくれものが、「たいしたことないな」と思うのは仕方のないことですね。
そんなことを思っていたら・・・

そう、とうとう見てしまったのです。
伝説の第19話。

ああ、これかーー、これは子ども達、夢中になるわ――。

あれ、良い作品だと判断している自分がいるぞ。
なぜなんだーー。


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