じいちゃん


オラのじいちゃん、

名前は正美。

原田正美。


「正美(まさみ)て、女の子みたいな名前だね!」


そう言ったら、「なんだあ!」と、

嬉しそうに笑う。

記憶で1番古いのは、子ども用のビニールプールで自分が溺れたとき、こっちを見て指差して笑っていたじいちゃんだ。

後に聞くと「あんな浅いビニールプールで溺れたのがおかしくてなあ!ハハハ」と笑ってたけど、あのまま死ななくてよかったと思う。

小学校のときは、夏になると、一緒に近所の山にセミの抜け殻をとりに行ったり、カミキリムシをとったり、一緒に遊ぶことが多かった。

じいちゃんは人を驚かすのが好きで、

じいちゃんの家で、僕がお風呂に入ってるとき、外から窓をいきなり「バンバン!」たたいて脅かしてきた。びっくりしていると、外から「カンカラ」笑い声が聞こえる。

また、とびきり料理がうまくて、作るもの作るもの、なんでもうまかった。

カツ丼をはじめて食べたときは、そのうまさの衝撃がすごくて、「こんなうまいのがこの世にあるのか〜!!」と、子供ながら感動していた。

カツ丼が大好物になったのは、じいちゃんが作ってくれたからだ。

そんなじいちゃんの大好物はホッケで、

焼いたホッケを、骨ごとバリバリたべる

「こうしたらゴミ出んでいいぞ!ハハハハ!」

そう言って笑う。


豪快だ。

豪快で、単純明快な人だった。

どんなときも物事を豪快に受け入れて、笑って吹き飛ばす、じいちゃんの『粋』な性格が、すごく好きだった。


中学生になり、

少し思春期もあって、恥ずかしさや、理性なのも出てきたり、少しじいちゃんとは前みたいにキャッキャできなくなったけど、それでもじいちゃんは、

「カズの好きなカツ丼作ってやるから、今日うちくるんだあ!」

とか、

夏になると

「セミとりに行くんだあ!カズ」

と誘ってきたり

部活もあって、

「ごめん部活よ、また今度、ね」

と断っていたけど、

「なんだあ!そんなもん」と、

嬉しそうに笑っていた。



芸人になろうと 東京に出るとき、

じいちゃんの家を訪ねた際

「うわーん!!」

と目の前で号泣されて、びっくりしたのを覚えている。

あまりにキレイに「うわーん!」と泣くから、笑ってしまったのだけど、今思えば一緒に泣いてあげればよかったんか



そして、去年のこと。


そんなじいちゃんが、

もう長くないと知らせが入った。

「じいちゃん、もう、、あれやわ。がんばったけどね、うん」

母親から、入院していたじいちゃんが、意識不明で危篤状態になったと連絡が入った。

新幹線で富山に向かい、地元の駅について、急いでタクシーを止めた。

タクシーなんかめったに乗らないから、「先払いでしたっけ?」とトンチンカンなことを聞いてしまった。

「いえ、後払いですよ〜、大丈夫ですか??」

タクシーの運転手さんがにこやかに説明してくれて、タクシーで病院に向かう。

少し開いている窓からは、田舎の風が吹いてくる。山や田畑がたくさんあるからこそ、窓に入ってくるいい匂いだ。

見慣れた景色が見えてくる。田んぼや畑に、じいちゃんとよく登った山が、遠くに見えてきた。

病院は、その山の少し先にある。


車にゆられながら、ぼんやりと考えていた。


じいちゃんはよく病院から、

「カズがテレビに出るのを楽しみにしとるぞ、テレビいつでるんだあ、テレビ!」

そう電話してきた。

いつでも見れるように、テレビカードをたくさん持っているらしい。

最近自分が出たテレビは、関東ローカルだけど、見れたのだろうか。

ここは富山だから、見れてないかな。


「つきましたよ〜」


タクシーの運転手さんの声で気がついた。

もう病院の前だった。



病院に入って、母親たちと合流した。

そこで、医師から、なんとか持ち堪えましたと知らせが入った。

「ただ、心臓が長いこと止まったので、意識が戻ってない状態です。このまま、意識が戻らないことや、脳に酸素がいかなかったので、意識が戻ったとしても、話せるのは難しいです、、」

お医者さんが、丁寧に説明してくれる。なんとか生きてることだけはわかった。

生きてるだけで、よかった、よかった。


翌日、病院からまた連絡が来た。

なんと、じいちゃんの意識が戻ったらしい。

急いで病院へ向かった。

そこでまた、お医者さんが説明してくれる。

「あのですね!心臓が長く止まると、脳に酸素がいかなくなる。そうなるとね、意識がちゃんと戻らなかったり、脳に障害が残ってしまう。でも、原田さんは目覚めたとき、意識があって、話すこともできました!すごい!なかなかないんですよ、こんなの、ええ、」

医師が興奮しているから、よっぽどなのだろう。

それからしばらく、絶対安静の日々が続き、

面会ができたのは3日後だった。

「面会は少人数でお願いします」

そう言われていたので、母親と2人でじいちゃんのところに向かった。

その日は、じいちゃんも起きていて、話せる状態らしい。


集中治療室のドアを開けると、見慣れた、けれども痩せ細ったじいちゃんがベットに見えた。


「じいちゃん」


声をかけると、


ベットで寝たままのじいちゃんが、僕を見てびっくりしていた。

目を丸くして、

かすれた声で「きた、んかあ、、!」と言った。

しばらく驚いたあと、

話しをするために呼吸器を外し、静かにじっと僕を見て、にこりと笑った。

その仕草で、じいちゃんの風がこちらに吹いてくる感じがして、

「ああ、じいちゃんだ」と思った。

それから、じいちゃんは、荒れた唇が痛むからと、唇まわりに塗る、クリームのような

「ぬりもん、ぬりもんないか??」

と聞いてきた。

母は、

「ああ、ニベア買うてくるちゃ、待っとってね」

と、部屋を出ていった。


ーじいちゃんと、二人きりになった。


チューブで繋がれて、痩せたじいちゃんの姿を見て、少し目をそらした。

「ーー。」

ふと、目をそらしたときに、

じいちゃんを背に、窓から見えた景色が。

景色が、山が。









山が。










山が、 とても青かった。







二上山という山なのだが、

その日は、晴天で、空が青く。

どこまでも、どこまでも空が青く、

そのせいなのか

とても綺麗に、信じられないほど。

くっきりと。

山が、どこまでも、どこまでも青かった。






「ーー。  」



瞬間 、




それを見て、何故か。


何故だか、ぼんやりと


これが、

『じいちゃんと過ごす、最後の時間』だと

思った。




「、、」


困った。



じいちゃんはよく母親に、


「カズが元気にテレビに出てるのを、見たいなあ。元気やろか?」

と話していた。

手には、

山ほどの、テレビカードが握られている。


「、、」



それでも頭の中は、



これが最後か、そうか

なんて山が青いんだろう。

よく一緒にセミを取りにいったなあ。

暑かった、カミキリムシもいた。

ああ、なんて山が青いんだろう。

本当に最後だな、ああ。

どうしよう

ほんとにいきなり、どうしようと思いながら、


オラはじいちゃんに。




じいちゃんに。









「いやね、じいちゃん。

あれだね、今日、いい天気ね〜。

この靴見てよ。いいやろう?

いい靴なんよ、これ。

高かったんよねー!これ!

こないだ出たさあ、テレビのギャラで買ったんよ。撮影の合間にさ、なかなか忙しくてさ!ほんと、多忙も多忙よ、参っちゃうね、ほんと。

ははは、

だからさあ、なかなか帰れなくてなあ、いやあ、

オラもう大丈夫よ。じいちゃん、

倒れて寝てたからさ、わからんやろう?

テレビみてないやろ?

最近なんかさ、けっこうテレビ出ちゃってさあ、ははは!

いっちょん前にさ。

覚えとるじいちゃん?オラ小さかって、子ども用プールで溺れたやん、ははは、なあ?!

あれは笑ったなあ!

じいちゃん指差して笑ってさ、助けてくれんくてな、はは!!

そんなやつが、TVなんてでてやんの、ね?

ははは!

そうや、給料出たんよ!

うまいもん食いに行こうよ。寿司なんかいいんじゃない?

コハダ好きやろ、オラは鉄火巻き食うからさ!

ビールたくさん飲んでね、じいちゃん、ね。

たくさん食ったらいいがよ。

なあ、うん。

ん?家か?

いいとこ住んどるんよー、うん。

そんかし家賃高くてさあ。今度来るんだ、じいちゃん、なあ。いい部屋だぞ、なあ?

また風呂でおどろかしてよ、ははは。

バンバン窓たたいて、な!はは!

ねぇ、もう大丈夫よ、ホント

オラは大丈夫!

最高よ、最高!

またさ、なあ、風呂でおどかしてよ、じいちゃん。

あれは楽しかったなあ、ハハ!

はは、最高。ほんと!なぁ!楽しかったなあ、、」


できるかぎりの明るいデタラメをよろしく、ペラペラ、ハハハ!と喋った。

『オイオイまてまて、靴は2500円だったろ?』

『家賃だって安っすいんだな〜!』

『線路沿いで、電車が通るとうるさい部屋でさ』

『給料だって、笑っちゃう額だろう?!』

そんな言葉が出てきたけど

パーっと、さ!楽しくいこう!

そう思って、喋って喋って、あははと喋った。


そんなヘラヘラした自分を見て、

じいちゃんは


「頑張った、 なあ、、!」


と、一言だけ言ってくれた。


なにがなんだかわからないけど、

胸を張って

「ああ。ほんとにね!ははは!」

と笑った。



しばらくして、

母親がニベアを買ってきた。

袋からニベアを出したところを、看護婦さんに止められている。

集中治療室はニベアなど等の持ち込みがダメだったらしく

看護婦さんが

「ダメですよ」

と、母親に注意をしている。

母親が「でもね見てこの人、くちびるカッサカサなんよ、ほら!カッサカサ!」

そう言って、じいちゃんを指差してアピールしている。

ニベアだけでも、と看護婦さんに訴えている。

「カッサカサなんよ、ね?クリームだけでもね?」

「ダメです、はい。」

「どうしても?」

「はい、ダメです。」

「どうしても?カッサカサなのに?」

「ダメですよ。」

「どうしても??」

「決まりなんで。」

そう攻防しているうちに

しつこい母親に対して、

看護婦さんは、大きな声で、ハッキリと

 

「ダメです!!」 と言った。


そう言われた母親は、看護婦さんに対して、


「カッサカサ!!」 


と言った。




笑ってしまった。




なんて光景だろう。

息子が最後かもしれないとじいちゃんに必死に話していたら

ニベアを買ってきて、

看護婦さんに対して

「カッサカサ!」

と言っている。。

おっかしいなあ、、


ダメだダメ、、



笑っちゃうよこんなの。



これだこれ。

ハハハ、笑っちゃう。



母親は本気でじいちゃんの唇にニベアを塗りたがっていたが、看護婦さんに死守されている。

「カッサカサ!!」

人の生き死にがかかってるときに、どえらいもんを見してくれる。


さっきまでとても綺麗だった山が、母親色に染まっていく。ニベアの色になっていく。

そんな母親を見て、じいちゃんはなんとも言えない顔をしていた。

それもおっかしくて、笑ってしまった。


とても、

とても

いい時間だった。










そして、

これが最後の思い出になった。



東京に戻って、二週間後

じいちゃんが亡くなったと連絡が入った。


知らせを聞いたとき、

すぐお通夜だから帰ろうと思い、

母親に電話すると

「あんた芸人やろ?明日ライブあるやろ、ね。舞台。それ、出んなんあかんよ」

そう言われた。

次の日、新宿角座でオジンオズボーンさんとお互い新ネタで対戦する「新ネタ日本一決定戦」というライブがあった。

ネタはもうあったのだけど、

なんだか、

ほんとに、なにをやってんだろう?なんだけど

「ああ、そうだ」

と、

じいちゃんのネタにしようと思った。


数年前に亡くなったじいちゃんが、まだ家で普通に生活してる。葬式もあげたし、火葬場でお焚き上げもした。でも普通に家で暮らしている。家族団欒して、食卓ではみんなにしつこく話しかけてくる。グータンヌーボを見たかしつこく聞いてくる。じいちゃん、死んでたよね?ね?じいちゃん??


なんだか面白くなってきた。


とにかく成仏しない。それどころか普通に暮らしていて、隠れてエロ本とか見てる。みんな迷惑している。家族会議まで開いて、会議にはエヴァの碇ゲンドウも参加している。

よくよくじいちゃんに問い詰めると、チアリーダーになりたいから成仏できないと言う。

なんだかんだ あって、

最後は、じいちゃんがチアリーダーになり、唇に紅をひいて、金髪の格好で、エヴァ初号機に乗っていく。

そんな感じのネタだった。


本人が見たら、

とんでもないだろう。


コイツは何をやっているんだ、、?!

自分の亡くなった日に、それを題材にしてネタを作ってる!

まだ家にいる、ご飯たべてる、成仏しないとか言ってる!

おいおい嘘だろ、、?!チアリーダーの格好でエヴァに乗せてるじゃないか、、!

なんて奴なんだ、、!、、

バカだなあ、ははは、、!


豪快に、笑ってくれる気がする。






次の日、ライブで。


袖で1.2回ほど、相方とネタをあわせた。

相方は、事情も知っているのに、やりだすボケに対して、普通にあははと笑っていた。

こいつもとんでもないなと思った。


『芸人ってさ、ほんとにどうしようもねぇよな』


ビートたけしが言っていた。


『芸人てのは、どうしようもねぇ連中の集まりだよ。面白けりゃなんだっていいの』


本当にその通りだと思う。


じいちゃんのために、とか

なにかできることはないか、とか

芸人だから、とか。

そんなんじゃなくて、

ただ、ただ、

単純にさ。

笑ってくれたら。楽しいもんな。




芸人ってさ、

ほんとどうしよもなくて、

胸が躍るよな。






出囃子が鳴る。



自分たちのコンビ名が呼ばれる。



その日しかやらないであろう


チアリーダー姿の老人が

エヴァ初号機に乗る漫才をやりに、




出囃子の中を、歩いて行く。