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まことくん

小学校の同級生に「まことくん」という子がいた。

1.2年生まで一緒のクラスだったまことくんは、3年生からは特別学級に入り、自分たちとは別のクラスになった。

トンボやザリガニを捕まえるのが好きなまことくんは、僕の家からすぐの近所の山や川でよく遊んでいて、

そこで取れたザリガニをプラスチックの水槽に入れて、よく見せてくれていた。

まことくんは、大きな声で

「くんちゃん!

あっちの川さ、

でっかいザリガニおるがよ〜

見たことある〜??」


そう聞いてきた。


1.2年生のころはみんなザリガニ取りに夢中になっていたけど、学年が上がるにつれて皆ほかの遊びに夢中になり、


3年生、ゲームボーイが流行った。

4年生、ポケモン、ミニ四駆

5年生、デジモン、たまごっちが大人気。

6年生、遊戯王、スマブラ、ヨーヨー、プレステ、




ザリガニを捕まえているのは、まことくんだけになった。



それでもまことくんは一人、ザリガニ取りに夢中になって、野山を駆け回っていた。

自宅の家の前が山や川だったため、よくまことくんと遭遇することがあり、

冬なのに

雪が降る中、虫取り網をもって

なにかを捕まえようとするまことくんは、


「くんちゃん、あっちの池、ナマズおるがよー!

知ってた〜??」


と、雪の中大きな声で聞いてきた。


「なーん知らなんだ!すごいなまことくんは〜」


僕も返した。


小学校を卒業して、まことくんとは中学校が別々になった。


中学校、

春夏秋冬。

高校生、

春夏秋冬。


季節が変わりゆくなかで、

いろいろ成長して、身長ものびて、価値観も変わっていったけれど、


冬の帰り道。

ふと立ち止まってボーっと雪の山を見ると

そこにいやしないのに、

虫取り網を手に 走り回る格好が

なんだか、なんだか浮かんできて、

それがすごく印象的で、なつかしい気持ちになった。



それから、10年。







あたしが東京に出てきて、28歳くらいのとき。


お盆に実家に帰り、

縁側でアイスをたべていた。

村のスピーカーから

ポンポンポーン

「現在〜気温〜〇〇度〜。今日は〜猛暑日になります〜皆さん〜〜十分気をつけましょう〜」

みたいな放送が流れてきた。

セミがこれでもかというほど鳴いていて、いやだなあ、暑いんだなあ、と思っていると


家の前の、田んぼが並んでいる

暑さで砂利道が揺れている小道を

てくてくと。

汗だくで、麦わら帽子。

あのころよりも少し肥えた 

でも面影がある顔が歩いてきた。


「あ、」


まことくんだった。


そういえば母親から、

『あんた、まことくん覚えとるけ?』と、

彼がこの時間に家の前の道を通り、バス停に向かってそこから仕事に行っているとは聞いていた。


「ーーー。」


小学校ぶりなのもあって、急に恥ずかしくなってしまい、声をかけようか迷った。

まことくんは覚えているだろうか?そもそも何て声かけよう?小学校以来だもんなあ、よそよそしくなりそうだから声はかけないでおこうか?気まずくなったら嫌だな、どうしようか?

いや、やっぱり、、えーと、


そう考えていると、

まことくんが歩いてきた。


そして、こっちを見て

大きく手を振った。






「くんちゃん!」







大きな声だった。



「くんちゃん!!

あっちの川さ、ザリガニおるがよー!」


大きな声で、そう言った。



「でーっかい、でーっかいやつ!

見たことある?? 知ってた〜??」



あの頃と同じトーンで、はっきりと。

なんの迷いもなく、そう言った。




「まことくんー、」


あの頃のまま、教えてくれた。








まことくん。





どうしよう まことくん。



「川のね、あっち側におるがよー!

いーっぱい!いっぱいおる!!

こんなでかいのが、」


今わかった。

僕は、大人になってしまった。


季節が変わりゆくなかで、

いろいろ成長して、身長ものびて、価値観も変わったけれど


それでも


それでも、


「あっちのトンボ池も、でっかいナマズおるがよ〜!」


そのまま、あの頃トンボやザリガニを追いかけたまま、

そのままで。生きている。


「ーー。」



おいおい、


ずるいじゃないか まことくん。



「ーー。」


なんて、



なんて、キミは カッコいいんだ。



「ー、」




少年の日をずっと生きている。


「ほんまにでっかいよぉ〜!知ってたー??」


本当にピッカピカで、まるでヒーローみたいだ。



「なーん知らんだ、まことくん。」


「ナマズおるがよ、でーっかい!でっかい!」


「ほんまけ??そんなでかい?」


「でかいよ〜!くんちゃん、捕まえれる??」


「なーんどうやろ!捕まえれるかなあ?」


「捕まえて くんちゃん!」


「あはは、できるかねえ?」


「見してあげるちゃ、でっかいよ〜!」


「ほんまけ??あんがとー」




あの頃の会話をした。

その瞬間だけ、僕は少年になれた。




まことくん、

ほんとうに ありがとう。







「そんじゃまたー!」




十数年ぶりだというのに、

何事もなかったかのように、まことくんがバス停に歩いていく。



「まことくんー!」



大きな声で、いつかまた会う日まで



まことくん


君は、ピッカピカで ヒーローみたいだ。


「くんちゃん、またねー!」


大きな声で、また会う日まで。


「まことくん、またー!」


また連れてってくれ


「またねー!」


春夏秋冬。

また会う日まで。