ないものねだり
「ご飯になるから、下りておいで。」
部屋で受験勉強をしていたら、母の声。階段を下りたら、父も新聞を畳み卓についている。
「いただきます。」
3人の声が、リビングに響く。ビーフシチューを口に運んだら、ふんわりと懐かしさが香るような、不思議な味がした。
「あら、雪が降ってるのね。」
「雪だるま、作りたいな。」
「このぶんじゃ無理かもなあ、見たところ粉雪だろう。」
窓の向こうに広がる雪景色。しんしんと降り積もる雪は、あっという間に外の世界を白銀に染めあげる。
「明日は早い方がいい。今日はもう寝なさい。」
「うん、そうするよ。」
「暖房、つけなさいよ。」
「ありがとう、おやすみ。」
***
「―またのご利用、お待ちしております。」
店を出て歩き去る中年男性。その向こうに見える看板には、「会員制バー 白銀」、「季節限定 世界に一つだけの粉雪」の文字が記されている。
「人生は所詮、ないものねだりですから。」
店員は、新たな客の記憶を辿りながらほくそ笑んだ。
...end
***
雪の結晶にはいつも
「あの日」が閉じ込められている
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