蜘蛛

荻窪のアパートに住んでいたとき、家にずっと蜘蛛がいた。俺は虫がことごとくダメであるが蜘蛛だけは割と平気で、平気と言っても足の長いザ・スパイダーのようなものはザ・ムリであるが小柄な蜘蛛程度なら特に不快感もなく、家にいても気にならないし、寝てる間に口の中に入るようなことを想像してもそれもまた一興であって、しばらくそいつと同居することを決めた。そいつは日に日に大きくなっているように見えた。蜘蛛が何を食うのか知らないが、”俺の部屋は蜘蛛が生息しやすい環境である”というのが何だかクールに感じられたからそう見えただけかもしれない。

そこからおよそ半年間、たまに家で見かける程度の距離感で付き合いを続けたまま、引っ越しの時。「最近見ないな」とは思っていたものの、家具なんかを全部どかせば顔を出すだろうと思いながら15分動いて2時間横になるというペースで退去の準備を進めていたのだが、ついに現れることはなかった。

成長しているように見えたとはいえあれだけ小さい身体だし、何かの隙間で部屋から出て行ったのか、もしくは俺の胃袋で糸を張って余生を送っているか、何にしても知ったことではないし特に寂しさも無かったから蜘蛛のことはそこで忘れて色々あって2ヶ月家を失って、今年の1月から阿佐ヶ谷のアパートに住み始めた。

マジで虫が一切出ず、虫コナーズって俺のことか?と思いながら生活を送っていたら春。ガガンボが出た。ガガンボはかなり無理だ。嫌さレベルで言えば蛾のひとつ上にいる。身体もでかいし羽音もでかい。俺が蜘蛛を平気なのは、たぶん羽が生えてないからだと思う。羽が生えている虫は全部だめだ。羽自体はいいのだが、羽を生やすために必要なのであろう部位がキモすぎる。

ガガンボは、その羽を生やすために必要なのであろう部位がほとんどを占めている。無理だ。無理すぎて、放置するしかなかった。逃がすために窓を開けようとも考えたが、また別のガガンボが入ってきて交尾を始めてガガガガンンボボになってしまったら勝ち目がない。とりあえずリビングに入ってこないよう、1Kを繋ぐドアを閉めておくのが精いっぱいだった。台所には窓があるものの、網戸張りになっていて開くことができない。外光が入るだけの窓で、ガガンボが脱出できる網目は無い。だからいつか自分の手でどうにかする必要があった。

次の日、また台所を見るとガガンボがいた。ガガンボは外の光に向かって飛び続けていた。網戸を認識できないのか、もう頭が可笑しくなってしまったのか分からないが、とにかくガガンボは網戸に向かって飛び続け、網戸に羽がこすれる音が部屋に響いた。もうかわいそうで見ていられないし、網戸に羽がこすれる音を聞くのも限界だった。殺生してしまった。本当に申し訳ない。虫は本当に殺したくないが、丁寧につかんで窓の外に投げる動作が俺にはできなかった。その夜はずっと落ち込んだ。ガガンボを殺してしまった。

そしたら今日、部屋に蜘蛛が現れた。気のせいだと言われるだろうし、気のせいなのだろうが、荻窪の部屋で見たのと同じ蜘蛛だった。別にガガンボを殺してしまったこととかつての蜘蛛が現れたことに何の因果関係も物語性も見い出せはしないし、この文章においてガガンボの件はただ話したかっただけに過ぎないので忘れてもらって結構だが、とにかく蜘蛛が現れた。じっと観察してみると、俺が今までけつだと思っていたほうが頭で、頭だと思っていたほうがけつだった。蜘蛛のことを全然なにも知らなかったのが恥ずかしくなりましたね。まあ、この話にけつ(オチ)はありませんが・・・つって笑




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