Hello, Again 〜昔からある場所〜

今日ユウキいないの?って聞かれるたびに別れましたよ、前にも言いませんでしたっけ、べつに別れましたよと都度答えるくらい苦でもありませんけどね、次聞いたら殺しますよ、と答えたいのをぐっとこらえ、「別れたのー!いい男いないかなー!」とバードウォッチングのおじさんのジェスチャーをしながらあっけらかんと振舞うこの動作まで含めて恋愛だというのか。なんてだるいんだ

ユウキとは3年付き合って、そのうち3ヶ月だけ一緒に住んで、3回目の喧嘩の途中でユウキのくれたネックレスを引きちぎった瞬間に終わった。この恋愛が、ではなく、私の中でユウキが終わった。ユウキもそうであることを祈るばかりであるが、ユウキは碇ゲンドウの格好のまましばらく動かなくなり、ポロポロと泣き出したあと『Hello, Again 〜昔からある場所〜』がどこからか流れ始め、一体どこから流れ始めたのかまったくわからないのだが、私の人生における堤幸彦がそう演出したのだと思うとなんだか楽しくなり、そこで笑ってしまったことがユウキにとってはショックだったらしく、彼は家を飛び出して行ってしまい、それ以来『Hello, Again 〜昔からある場所〜』が事あるごとに流れるようになった。どこから流れているのか依然わからない。耳をふさぐとある程度聞こえなくなるので、脳内から流れているわけではなく、私の頭がおかしくなったわけではないようだ。

外を歩いていても、電車に乗っていても、仕事をしていても食事をとっていても何をしていても『Hello, Again 〜昔からある場所〜』が流れ始める。さっき、友達のヨシコにユウキのことを聞かれたときも流れ始めた。一度流れると、アウトロまでしっかりと聞くことになる。5:15もの時間である。本当に耐えがたい。私の人生における堤幸彦は、小林武史と手を組み主人公である私を狂わせようとしているに違いなかった。

精神科とさんざん迷った結果、耳鼻科へ行き、医者に症状を説明した。「最近、どこからか『Hello, Again 〜昔からある場所〜』が流れてきて困っているんです」「そうですか…」「1日に何度も流れてくるんです」「そうですか…」「困っているんです」「そうなんですか…」と、犬に相談したほうがマシな結果に終わり、耳栓を処方された。処方箋に耳栓と書かれ、薬局で耳栓を受け取った。耳栓を処方されたことにひとりでウケていると、また『Hello, Again 〜昔からある場所〜』が流れ始め、急いで耳栓を装着した。少しはマシになったものの、やはり遠くに聞こえてくるままである。どうせなら、細長い棒を2本処方してほしかった。鼓膜を2つともつぶせるからだ。

家にいるときが一番ひどい。7割の無音と3割の『Hello, Again 〜昔からある場所〜』の中、帰宅してシャワーを浴び、豚肉とモヤシを炒め、ユウキと同棲してたときのクセでご飯を2合炊いてしまったとき、『Hello, Again 〜昔からある場所〜』は大音量で流れ始めた。こんなに大きな音は聞いたことがない。あまりにうるさいので暴れまわってのたうちまわって壁をひっかきまわりたいが、私だけに聞こえる『Hello, Again 〜昔からある場所〜』の影響で私が出す音は隣人にも聞こえてしまうわけで、せめて少しでも新鮮な空気を吸おうとベランダに出た。下の駐車場に、耳を押さえながらふらふらと歩いているユウキを見つけた。植木鉢でも落としてやろうと狙いを定めていたら、なぜだか『Hello, Again 〜昔からある場所〜』はぴたりと止んで、ユウキもこちらに気付いて、それ以来一度も聞こえることはなかった。

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