朝に眠る夜勤のフリーターの妄想

職人の朝は早い。「職人は大体早く起きますね。何をやるわけでもなく、コーヒーを淹れたりして、普通に仕事に行くだけです。まるで機械、ありゃ結婚なんかできませんよ。カフェイン入れるならそのぶん寝りゃいいのに。バカなんすよね」と朝は語る。朝の美しさは、人間の闇を暴く。我々は朝に密着することを決めた。朝は快く承諾してくれた。

「いいですけどね、早起きでお願いしますよ。朝というのは4時から10時30分までを指します。意外と長いでしょう」

我々は4時に起きた。朝に密着する以上、起きるのも朝でなければならないだろう。早速話を聞いてみた。

「おはようございます。朝というのは、基本的に始動の時間です。もちろんそうでない人もいますが、朝に起き、昼に働き、夜に眠る。私のメインターゲットとなるのはそういう人たちです。朝は、朝として見ないと朝じゃないんです。朝という言葉は”始動”と言い換えてもいいかもしれません。時間に名前がついただけですからね、そのへんは結構、忘れないようにしてるというか」

朝は、謙虚に朝を名乗っていた。朝はあくまでも、グラフで塗りつぶされた4:00−10:30の部分を任されただけの、ただの朝なのである。とはいえその重荷は計り知れないものだろうが…。現在の時刻は5時。朝から見て、朝の5時とはどんなものなのだろうか。

「4時ならまだ少ないんですけどね、5時に起きる人って結構多いんです。ほとんどババアなんですけど…早起きのイメージってジジイじゃないですか?ババア多いですよ…まあ5時に起きる理由はそれぞれあるでしょうが、特に何もしないなら寝ていてほしい。本当、ぼーっと散歩するくらいなら睡眠をとるほうがよっぽど有意義ですから。時間に携わる身として、これだけは間違いない。風俗なんかでも早朝割引なんてのをやってますけど…。朝に射精して、薄い性欲で1日を過ごすなんてもったいない。早朝は睡眠、これに尽きますよ。それより有意義なものはありません」

現代において、睡眠と聞いて連想させるのはやはり怠惰だろう。朝が吐露したこの意見は、働く社会人の意識を一変させるものかもしれない。

「早起きは三文の徳、って悪いことわざですよ。家を出る30分前に起きればいいんです。20分で支度が済むなら、20分前に起きればいい。支度に1時間かかるなら、1時間前に起きればいいんです。たかが朝に余裕を持つために、身体に負担をかけている人を見ると笑ってしまいますね。朝なんてただの朝なのに。何を考えてんだか」

我々にも刺さる言葉だ。生きていくうえでの余裕とは、はたして何なのだろう。寝られるだけ寝て、時間のギリギリに仕方なく起き上がることこそ、余裕を持つということなのかもしれない。余裕という言葉に向き合ってみると、身体が疲れを感じることを解禁されたかのように力が抜けてきた。

「大丈夫ですか?疲れてるみたいですけど」

朝とのコミュニケーションについて、第三者が見たら思わず警察に通報するような光景だろう。空というほど高くない、頭上の2メートルくらい上のほうを何となく見ながら、寝不足で虚ろな人間たちが朝と話している。朝がそこにいるわけではないだろうが、少なくとも私たちの頭より上の位置にいる。考えるまでもなく、その認識は我々のチーム全員に共通していた。

「睡眠をとるといいですよ。無理はよくない」

朝とは神なのか?たいていの創作物において、神は光っている。長く苦しいトンネルを抜けた人間は、まず光を浴びる。そう考えてみると、神と朝は似ている。人間はどうしたって光れないから、光に希望を持ってしまうのだ。我々が神に求めるそれは、朝が毎日提供してくれている。ただひとつ、神と違うのは、朝は平等であるということだ。朝は神より偉大な、確かな神なのだ。

「水を飲んで、睡眠をとりなさい」

まず手鏡を取り出し、自分の顔以外の部分がすべて神だということに気が付く。上を向くと、すべてが神に埋め尽くされ、前、横、後ろを見ても、神しか目に入らない。神聖な6時間30分。朝という言葉でさえ足りないくらい清く尊い時間で、我々はついに泣き出してしまった。あごの先から滴った涙は神にぶつかりながら神に着地して、神の一部になった。朝は神で、神と神との間に空いたわずかな隙間が、人の形をしているだけなのだ。

「睡眠です。睡眠を取るのです」

神は、朝に睡眠を取る偉大さを教えてくれた。あとは我々が学ぶ番だ。我々は神の一部になるため睡眠を取ることにした。神は、我々が横たわれるよう地面の近くに場所を空けてくれた。起きたら醜い昼が待っている。このまま時間が止まればいい、なんて、夕暮れの観覧車で思うのは間違っていて、朝の神の光に包まれ、全身の力を抜いている今こそ、そう思うべきなのだ。

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