注射

何度も騒いでいる通り注射が死ぬほど怖く、細い針を肉に刺され何かを射精されるくらいなら名刀で十文字に切り裂かれた方がマシだと叫びながら、実際そんなことはないので大人としてワクチン接種の予約を果たし、来る<Xデー>9月24日、会場に行ったのに身分証を忘れて接種を受けられず帰り道に死ぬという夢にうなされ起床。XデーAM9:30。13時40分に控えた注射に脳内を支配され、ジョン・カーペンターの長編処女作『ダーク・スター』を再生、キュートなダン・オバノンでも見て気を紛らわそうとするもマジでそれどころではなくすぐに停止、布団でけつを上に突き出し架空の神に土下座していたら13時だったので急いで家を出た。

西荻窪駅に下車、大変に好きな街だが数十分後に注射を控えているとあっては濃い灰色、場所によっては真っ黒な有様。かすかに色の続いている歩道をなんとか進んでいくと、おそらくワクチン接種後なのであろう人たちとすれ違う。彼らが肩を押さえながら血を吐いていないことに少しばかり勇気づけられながらも、時計を見ると接種まで10分を切っている。13時40分後の世界は、はたしてどんな色をしているだろう。世界5分前仮説というものがある。我々が生きているこの世界はすべて5分前に作られたものであり、我々の自我や記憶も5分前に作られたものだという仮説だ。もしその荒唐無稽な仮説が事実であるならば俺を注射の怖くない人間、もっといえば窪塚洋介に作り替えてくれと願っていると桃井原っぱ公園に到着。案内をする職員に接種券と予診票、そしてしっかり持ってきた身分証を渡し、注射待ちの列に並んだ。あれから5分が経ったが、俺は窪塚洋介ではなく俺のままであった。

「接種1にどうぞ」という死刑宣告が下り、なんだ接種1て、と思いながら「接種1」と書かれたパーテーションの裏へと入った。心拍数は最高潮に達し、なぜか両ヒザまでもが脈打ちながら、これから俺の心臓に杭を刺す処刑人と対面した。ほがらかな女性で、じゃあ座ってくださいね~。左で大丈夫ですかー?と俺に優しく語りかけた。俺は死ぬほど注射が怖いくせにめちゃくちゃ客観的なので「あ、へえ。」と最大限に余裕をぶっこいた「はい」を繰り出し、息を吐いたらそのまま小便が出てしまいそうだったので、息をするのをやめた。

左肩を消毒された瞬間、「はい、いいですよ~」と言われた。意味が分からなかった。消毒しかされなかったのか?と思い左肩を見ると、確かに四角い絆創膏が貼られていた。そういう詐欺か?と思いながら接種1を後にし、経過観察へと移った。左肩の内部に感じる冷たさというか異物感を覚え、初めて注射を打たれたのだと実感した。先に接種を終えた友人の「全然何も感じなかったよー」という感想はカッコつけの逆張りだと思っていたが、本当に全然何も感じなかった。

注射を終えた自分へのご褒美に食べよう、と決めていた海鮮丼もまったく張り合いがなく、こんなにも痛くないのなら日高屋でよかったな、などと思いながら食べ終え、駅へと向かうと高円寺駅で人身事故が起こったとのことで、中央線は運転を見合わせるとのことであった。阿佐ヶ谷まで歩いて帰ることにし、左腕をかばいながらザクザク歩いている最中、俺が注射を怖がっている間に電車に飛び込むことを決めたその人のことを少し考えると、なんかヘンな感じであった。

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