珍粕所有之進

徳島県と石川県の県境に位置する粕餓城は、江戸時代の激動の一部始終を見守った威厳あるお城として、地元民だけでなく、数多くの観光客に愛されている観光名所である。近年では外国人観光客の姿も多く見られ、もはや日本だけに留まらない、世界的な遺産として年々知名度を高めている。

この粕餓城ブームの立役者として真っ先に挙がる名は、やはり珍粕所有之進(ちんかすしょゆうのしん)その人だろう。江戸の街の経済をつかさどる切れ者と知られていた所有之進は、正式な幕府の人間ではなかったものの、常に要人として手厚い待遇を受けていた。また、その珍粕所有之進という一風変わった名前は、常識では考えられない量のちんカスを有していたことからその呼び名がついたとされているが、専門家による再調査の結果、近年ではその名の通りちんカスを手に持っていたのではないかとする説が有力となっている。ともあれ並の存在ではなかったことが伺えよう。2017年、水玉れっぷう隊アキ主演によってドラマ化された『ちんのかす』の人気も記憶に新しい。

珍粕所有之進が江戸の後期、野田(のだ)から守った城こそが粕餓城である。野田は当時、自身の家内である恵子(けいこ)を井戸に突き落として殺害した容疑に問われていた罪人であったが、絶対に私ではありませんと嘘をつき、死刑を免れて釈放された。大手を振って家路についていた野田は、兼ねてより足を踏み入れてみたいと憧れていた粕餓城を見かけ、門を叩いたのである。その際に警備を担当していた門番は、野田の「いいって言われました」という嘘に騙され、侵入を許してしまったという。

野田は、「いいって言われました」作戦を駆使し、建物の15階まで到達。最上階である16階では珍粕所有之進が酒盛りをしていたというが、両者はまだお互いの存在には気づいていなかった。野田は15階から勢いよく階段を下り始め、その姿を見た城の家来たちは「上で火事が起きている」と勘違いし、野田の後に続く形で次々と列をなしていったという。1階に辿り着いた野田は、自分について走ってくる兵たちの存在に気付き、焦りと恐怖で刀を抜いてしまう。もはや自分たちの先導者となった野田が戦闘態勢に入ったことに共鳴し、兵たちも一緒に武装をはじめ、野田と共に最上階へ向かう事となる。

死刑になったはずの罪人と、それに引き連れられた城の兵たちを目の当たりにした所有之進は、非常に臭い玉を投げつけ全員を殺害。いやに白い霧の中、眼球の飛び出した野田や兵たちの死体の中央で、所有之進はこぶしを握り、ただ静かに立っていたといいます。現地を訪れる所有之進のファンたちが、どうにかその匂いを嗅ごうと床や壁に這いつくばっている様子が実にほほえましいですね。



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