深夜のトイレットペーパーブルース

私のこれまでの34年の人生の中で、

あ、死ぬかも。

と感じたことが2回あります。

一つは、住んでるマンションのベランダで夜中に火事を起こしたとき。もう一つはこれからお話しする、死ぬかもというより、殺されるかも、と感じたあの夜のことです。

その日の夜、私は例によって性欲がアレだったもので、自宅から20分ほどの距離にあるレンタルビデオ店に向かって歩いていました。

今でこそ、ネット上には我々を喜ばせてくれるステキな動画が溢れておりますが、当時はまだスマホもなく、ステキな動画を見るためにはレンタルビデオ店に行き、店舗の奥の暖簾をくぐる必要があったのです。

自身が好みのジャンルをあれこれ想像しながら、今日はどんなタイプの作品に触れようか思案しながら夜道を一人で歩いていると、後ろから自転車に乗った、年の頃なら17歳から20歳くらいの、ギリで当時の自分より年下かなと思われる男が私を追い越していきました。

追い越しざまに、ふと男は私の方を振り返り、何やら私の顔を確認するかのように目を合わせてきました。その間わずか数秒足らずでしたが、私は何となく胸騒ぎのようなものを感じました。

しかし、こちらも男ですから、さほど気にせずに今夜借りる作品ジャンルの検討に戻りました。仮に相手が女性だった場合、私の思考は一気に妄想モードに突入したことでしょう。なんせ、その時の私の頭の中はいやらしいことで溢れていましたから、

深夜、道端ですれ違った女性からの熱視線→欲求不満のナイトハンター→私、インパラ。

自転車をおもむろに路肩に止めたかと思えば突然のキス。驚く私をあざ笑うかのように、ハンターの攻撃になされるがまま、突然の野外プレイステーション。性的バイオハザード。そんなことを妄想しながら、今夜借りる作品のジャンルも一気に偏りを見せていたでしょう。

しばらく歩くと、マンションのごみ置き場のようなところのスペースで、さっきの男が立っています。歩道に対して垂直に立つ壁を背にして、こちら側を向いて立っています。

ああ、さっきの男だな、こんな所で何をしてるんだろう、その手には何かトイレットペーパーの芯のような大きさの棒状のものを持っています。

ごみでも捨てているのk・・・!!!!!!!!

出してる!

というか俺に見せてる!!!

あっ、こ、こすったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

なんと男は、男である私に対して、自分のアレを公開してきたのです。

そして、こすっているのです。自らのアレをこする姿を私に見せている。つまり私はその夜、見ず知らずの年下と思われる男のオカズになり下がったのです。

世の中格差社会と言われて久しいですが、企業の社長や高給官僚、公務員に銀行マン、芸能人、スポーツ選手、そんな人々と肩を並べているなどと思ったことは一度もありません。月収20万ほどのフリーター、ピラミッドで言えば下層に在籍していることぐらいわかっていましたが、男のオカズになる男、これはもう地下です。日の光すら届かない、下水道です。なんという屈辱。

そして恐怖。

男との距離は数メートル、目線を合わさないように私はあと数十メートルも行けばたどり着くレンタルビデオ店に向け歩を進めます(この状況でも)。

これはヤバい。見たところまあまガタイもいい。もし襲いかかってきた場合、打ち勝つことができるか、私は咄嗟にこれまで読んできたマンガの数々を思い返します。

かめはめ波→出ない

炎殺黒龍波→邪眼開眼してない

ドライブシュート→関係ない

どれも役に立ちそうにありません。ここは一つ、私が小学3年生からやってきた剣道で、いや、竹刀がない、せめて棒状のものがあれば、しかしむしろ棒状のものを持っているのは相手、じゃあ、小学2年生からやっていたボーイスカウトは?キャンプ、登山、手旗信号etc、何も役に立たない!ああ、ベーデンパウエル(ボーイスカウトの創始者)よ!突然訪れたこの危機に、何か一つでも知恵を授けてくれていたのなら!思い出すのは河原で作った豚汁の味くらい。

身体中に緊張を走らせながら、いつでもダッシュできるように重心のバランスを意識して、そっと男の横を通り過ぎます。

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・後ろから来たらヒジ!ヒジ!ヒジでこう!

ドキドキしながら早足で歩き、無事にレンタルビデオ店にたどり着きます。後ろを振り返ることはできませんからそのまままっすぐに、大人コーナーの暖簾を潜り抜けます。

辺りをステキなパッケージ達に囲まれたとき、やっと私は後ろを振り返ることができます。暖簾は閉じており、外からは私が中にいることは見えません。ああ、こういう時のために大人コーナーには暖簾が付いているのだなと感心しながら(違う)、一安心します。

そしてここで問題が。

レンタルするべきジャンルが精神的に絞られてる!

まさか自分が痴漢にあった直後に、痴漢ものをチョイスするほど、私の神経は図太くありません。若干性欲も削がれていましたが、借りるのは借りる。私はできるだけソフトで、さわやかな風が吹く、新人のデビュー作を中心に品定めをしました。すぐに店を出るとまだあの男が近くにいる可能性がありますから、いつも以上に時間をかけ、およそ1時間くらいは暖簾内に滞在します。普段も品定めには時間をかけるタイプなので、この時間は苦にはなりません。

さわやかなやつを3本チョイスし、店を出て、できるだけ明るくて人通りの道を選びながら、遠回りをして帰宅の途につきます。

こうして私は無事に自分のお尻の穴を守ることができたわけですが、自分よりも若い男が、自らの性欲を満たすために、人知れずそのような行為が行われている。その現実を目の当たりにしたときに、社会の闇、人間の業の深さを思い知ったのです。

数年後、グレーゾーンのマッサージ店で自らの業をフル回転(?)させることになるとは、この時はまだ知る由もないのです。


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