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海外ロマンス温故知新3 元祖婚活女子が火花を散らす、きらびやかなロンドンの舞踏会へようこそ!

華やかで優美なロンドン社交界で夜ごと繰り広げられる舞踏会は、ヒストリカル・ロマンスの目玉といえるのではないでしょうか。貴族の子女たちにとって、社交シーズンの舞踏会はまさに戦場。優雅に踊りつつも、相手の品定めに余念がありません。
今回は、貧乏な下級貴族のヒロインが、妹たちの生活を守るためにお金持ちの結婚相手をゲットしようと奮闘する、よく似た設定のお話を二作、ゆるい感想でご紹介します。二つとも人気作なのでとっくに読んだ方がほとんどだと思いますが……。

軽くネタバレあったりするかもしれませんので、ご注意いただくか、読んだらすぐに忘れてください。
なお、Amazonのリンクが貼ってありますが、とくにAmazonからの購入を促す意図はなく、アフィリエイトにも参加していません。


『愛を知った侯爵』
シェリー・トマス
芦原夕貴 訳
ベルベット文庫
2014年5月25日発行

ストーリー★★★★★
ヒーロー ★★★★★
ヒロイン ★★★★★
胸キュン ★★★★☆
切ない  ★★★☆☆
ハラハラ ★☆☆☆☆
笑える  ★★★★★
ホット  ★★★★★

【萌えポイント】〝理想の紳士〟を演じていた本当は自己中で不道徳なヒーローが、それほどの美人ではないけれど賢いヒロインと出会って本当の愛を知り、ヒロインにふさわしい男になろうと奮闘するところ。

ヒロインのルイーザはジェントリ階級(上流層だが爵位のない地主階級)で貧しく、母と4人の姉妹と年金暮らし。病気の妹の面倒を見るためにも、なんとしても裕福な男性と結婚する必要がありました。冷静で現実的なルイーザは、高年収の紳士を射止めるための綿密な計画を立て、ちょっと遅いのですが24歳から真剣に婚活に励みます。
「未婚の女性は未婚の男性よりも数が多い。そのうえ、多くの紳士が独身でいることを選ぶ。このため、条件のよい紳士から求婚されることはめったにない。」とルイーザの心境が描かれていますが、わかりみが深すぎます。

ヒーローは17歳で両親が他界しレンワース侯爵位を継いだフェリックス。容姿端麗で頭脳明晰、イングランド屈指の裕福な貴族となりました。社交界で誰もが一目置く〝理想の紳士〟と呼ばれていますが、幼少期に母親の愛情を得られなかったために性格がひんまがっています。完璧な礼儀作法と愛想の良さを備えた〝理想の紳士〟の中には皮肉屋で不道徳な男が棲んでいるのでした。

舞台は1888年ヴィクトリア朝後期のイングランド。ちょうどあのシャーロック・ホームズが活躍していた頃ですね。ヴィクトリア朝といえば、保守的で性的に抑圧されていた時代とされ、性的な言葉を口にするのも一般に禁じられていたそうですが、この作品に出てくるヒロイン、ルイーザは欲望を率直に言葉にします。侯爵がもちかけてきた愛人契約を拒む一方で、なんと侯爵とみだらな行いをする夢を毎晩見てしまうなどと言うものだから、侯爵は大興奮。会うたびにお色気トークに持ち込み、「その気はある」と思わせておいて決して落ちないルイーザの上級テクが光ります。

ここまで下ネタを連発するヒロインは初めて見ましたが、二人のセクシートークはなぜか下品ではなく、まるで相聞歌のよう。でもそれには切ない理由が。こうしている間は自分に関心を持ってもらえるけれど、愛人の立場に甘んじてしまえば、あとは終わりに向かうだけだとルイーザにはわかっていたのです。そんなある日、侯爵から愛人契約の話はなかったことにしたいと言われ……。
 
ストーリーとしては、幼少期のトラウマから性格がねじまがり誰も愛さないと決めたヒーローと、とにかく金持ちと結婚したい現実的なヒロインが、お互いに不信感を抱きつつも肉体的には激しく求めあうというもの。こういうと身も蓋もないのですが、なかなか理解しあえない二人がそれぞれ悩みに悩み、ようやく素直に愛を語り合えるようになるまでの葛藤が細やかに描かれていて、読み応え十分です。ところどころにちりばめられた巧みな比喩表現やウィットに富んだ会話にも、著者のたしかな筆力が感じられました。

また、ふたりの共通の趣味が天体観測だったり(これはヒーローがついにヒロインに対して心の殻を脱ぎ捨てる場面で重要な役割を果たします!)、ケンブリッジ卒のヒーローが無学のヒロインに数学を教えるシーンなどもあったりと、異彩を放つロマンス作品です。
さすがRITA賞を二度も受賞している実力派の作品だけあって、すみずみまで面白いので超おすすめです。


『没落令嬢のためのレディ入門』
ソフィー・アーウィン
兒嶋みなこ 訳
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023年8月15日発行

ストーリー★★★★★
ヒーロー ★★★★★
ヒロイン ★★☆☆☆
時代描写 ★★★★★
切ない  ★☆☆☆☆
ハラハラ ★★★★☆
笑える  ★★★★★
ホット  ☆☆☆☆☆

【萌えポイント】正直あまり萌える系の物語だとは感じなかったのですが、最後にヒーローが愛の告白をするシーン。ロマンス小説にしては二人が想いを確認し合うのが遅く、というか自分の気持ちにまったく気づかずにストーリーが進んでいくので、読む方としては、この二人くっつかないパターンなのか? と不安がよぎりますが、ちゃんとハッピーエンドなので大丈夫です。

舞台は1818年のイングランド。さきほどの作品より70年さかのぼって摂政時代です。美術・芸術が栄えたきらびやかなムードでヒストリカル・ロマンスでは特に人気が高い時代ですが、その反面社会階層の差が激しく、産業革命で職を失った労働者が工場の機械を壊したり綿織工がストライキをしたりと労働者階級の不満が爆発していたようです。また、ナポレオン戦争で疲弊していたイギリスはワーテルローの戦いで勝利しますが、多くの戦死者を出しました。この作品のヒーローは、かつてのらりくらり暮らしていたため、厳格な父によって「しゃきっとせい!」という感じで戦地に送り込まれ、ワーテルローで「鉄の公爵」ウェリントン(!)の武官として従軍しました。

戦争帰りのヒーローに多いタイプですが、戦地で多くの仲間を失い、壮絶な体験をしたため心に深い傷を負っています。また、厳格で立派な(亡き)父との確執も抱えていて、それを乗り越えるのがサブテーマです。そう、ヒーローは陰があってなんぼです。悩みの一つもないさわやかイケメンには務まりません!(と私は思います)

一方ヒロインは身分の低い貴族の娘で五人姉妹の長女キティ。亡くなった両親が遺した莫大な借金と、面倒をみなければならない四人の妹を抱えています。借金返済と家族の生活のため、何がなんでも大金持ちと結婚する必要がありました。ところが当てにしていた郷士(大地主)の婚約者から突然婚約破棄を言い渡されてしまいます。借金取りがもうすぐやってくるため嘆いている暇もなく、キティは亡き母の親友ドロシーおばを頼ってロンドン社交界にもぐりこみ、お金持ちの男性を捕まえようと奮闘します。

まだ去年の夏に出たばかりの作品なのであまり内容は書けませんが、ストーリーは本当に面白く、舞踏会やドレスの描写も素敵です。またロンドン社交界の華やかな様子や、上流階級の人たちの考え方や窮屈なしきたり、ちょっとした意地悪さなんかも細かく表現されていて、とても楽しめました。登場人物もそれぞれ個性豊かで、なかでもちょっと間抜けな貴族の次男坊アーチ―が特に笑わせてくれました。

ただ……さきほどの『愛を知った侯爵』と設定は似ていますが、この作品はロマンス度が低めで、ヒロインの繊細な心の動きのようなものはほとんど描かれず、ヒロインの頭にあるのはお金持ちの男性を射止めることだけです。とにかく限られた社交シーズン中にお金持ちに求婚させるため、鬼気迫る勢いで連日舞踏会に参戦するヒロイン。
美貌と頭の回転の速さを武器に、まんまとロンドン有数の「王様みたいに」裕福なラドクリフ伯爵一家に近づき、世慣れていない次男のアーチ―をたぶらかして結婚に持ち込もうとしますが……。

ストーリーは本当に面白いのですが、ヒロインがあまりに自分勝手で苦手なタイプでした(関係者の皆様すみません)。ヒロインがどれくらい嫌な女かは、実際に読んでみていただければと思いますが、目的を達成するためには手段を択ばず、人を騙しても傷つけてもおかまいなしという人間性に共感できず、ちっとも応援できませんでした。ヒロインがある舞踏会で失敗をして総すかんをくらったときなどは、思わず「あらまあ、いい気味だこと!」とつぶやいてしまいました。

作者がどういうつもりでこうしたヒロインを描いたのかは謎ですが、「苦境をはねのけ、自分の力で運命を切り開く、強く賢い女性」として読まれるのか、私のように「嘘つきでずる賢くて図々しくて厚かましい性悪女!」として読まれるのか、けっこう賭けだったと思います。でも、作中でヒーローが「ミス・タルボットの図々しさ、厚かましさ、厚顔無恥について、むかむかしながら考えて過ごした」とあるので、作者は最初から読者にそう読ませるつもりで、私はすっかり作者の手の内にはまっていたのかもしれません。

こうして作者の思惑どおり(?)ヒロインにムカつき呆れつつ、どうせ最後にはラドクリフ伯爵とくっつくんでしょ……ちっ! と思いながら、イライラと読み進めるうち、全体の3/4ほど読んだところで急にヒロインがちょっと好きになり、最後に一気に感動が押し寄せてくるという不思議な読書体験でした。
(文責:岡田ウェンディ)

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