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【2023年】私の推し本(古森科子)

今年1年間で読んだ本のなかで、とくに印象に残った7冊を紹介したいと思います。

アーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』(市川恵里訳、河出書房新社、2021年)
最初にタイトルを見たときは何とも思わなかったが、読み進めるにつれてイランという国で『ロリータ』を読むということがどういうことなのか、じわじわと伝わってきた。途中から戦争がはじまり、ただでさえ生きづらい過酷な環境下にある筆者や女生徒たちがいっそう追いつめられていく様子は、読んでいてどうしようもなく辛く、やりきれなくなってくるが、著者の思いが若い世代にきちんと伝わっていることがわかる終盤に救われた気がした。

藤本和子『イリノイ遠景近景』(筑摩書房、2022年)
なんということのない日常会話も、現地の人たちのおしゃべりに聞き耳を立てる著者の鋭い観察眼のおかげで一緒に盗み聞きしているような錯覚に陥ると同時に、藤本さんの素晴らしい翻訳も相まって良質な短編に出会えたような贅沢な気分に。舞台はワシントン、ベルリン、ニューメキシコと移り変わり、さまざまな人とのやりとりが綴られるが、どこであれ冷静かつ公正で、会話を通じて相手の本音を自然に引き出す彼女の語り口に引き込まれる。

マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』(浅倉卓弥訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2022年)
邦訳が出る前から気になっていた一冊。途中で本を閉じたあとも続きが気になり、一刻も早く読書に戻りたくてじりじりする気分を久しぶりに味わった。いわゆる転生もので、こういった本や映画には何度も触れてきたはずなのに、そしてラストも、たぶんこうなるんじゃないかという予想とほぼ違わぬ結末だったにもかかわらず、主人公と一緒にめくるめく人生を次々と体験して閉じるころには、なんともいえない安堵感と生への感謝がこみあげた。

椹野道流『祖母姫、ロンドンへ行く!』(小学館、2023年)
同業先輩のお薦めの一冊。ユーモラスに語られる2人の珍道中が終始微笑ましい。凛とした祖母姫様はもちろんのこと、彼女を支える孫娘の著者も素敵だ。読むとイギリスに行きたくなる魅力的な旅行記であり、お祖母さまの生き様が垣間見られる毅然とした言葉の数々にハッとさせられた。とくに謙虚と卑下の違いのくだりは思わずメモを取るほど心に響く。バトラーのティムのプロフェッショナリズムと、職務を超えたホスピタリティにも感嘆する。

リー・クラヴィッツ『僕は人生の宿題を果たす旅に出た』(月沢 李歌子訳、ダイヤモンド社、2013年)
人生半ばの主人公が、これまでにやり残して後悔していることを実行に移していくノンフィクション。どのミッションも疎遠になっていた人に会うという共通点があり、思いきって連絡を取ることで意外な真実が見え、わだかまりが消えていく様子が印象的だ。人間関係の修復とともに人生に充足感が戻っていく過程は、先日のノンフィクション出版翻訳忘年会で「今年の3冊」に選ばれた『グッド・ライフ』(ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著、児島修訳、辰巳出版)のテーマに通じるものがあると感じた。

井上ひさし『私家版 日本語文法』(新潮社、1984年)
冒頭から滑稽味のある著者の筆力に引きつけられ、普段の生活ではあまり意識することのない日本語の文法が、俄然身近なものに感じられた。約40年前に刊行された本書は、当時の日本語の特徴や当時の言葉の扱われ方という点では、むしろ年月を経た令和の今読むことで、日本語がどのように移り変わっていったかを振り返ることができて大変興味深い。著者と同郷でありながら、一度も読んでこなかったことが悔やまれる。他の作品も読んでみたい。

古内一絵『百年の子』(小学館、2023年)
百年前に創業されたある出版社の社史であり、働く女性の地位や役割の変化を辿った女性史であり、子供向けの学年誌の成り立ちを通じた子供文化史であり、三世代にわたる女性に焦点をあてたサーガであり…と様々な見方ができる一冊。友人が長年この学年誌に制作に携わっているという理由で興味を持ったため、正直、それほど物語に期待を寄せていなかったのだが、最後は電車を2度乗り過ごすほどストーリー展開に没頭し、一気に読み終えた。

今年は一年を通してあまりたくさん読むことができませんでしたが、それでも良書との出会いに恵まれた満足な一年となりました!
来年もできるだけ多くの本を読んでいけたらと思います。


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