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今日だけは語らせて「七人の侍」

 俳優の前田吟さんと拙作映画でご一緒させていただいた時、撮影待ちのあいだ黒澤監督の映画「七人の侍」の話で盛り上がった。

「ボクはね、高校生の時『七人の侍』を観て、俳優になろうと思ったんだ」

 また、山本學さんも、

「志村喬さん、よかったよなあ」

 と、志村さん演じた勘兵衛のように頭をさする真似をした。
 大ベテランの俳優さんは事細かにシーンやセリフを覚えていて、きっと何度もご覧になられたのだろう、心から楽しそうに語ってくれる眼は子どものようだった。
 ぼくも、弟の健二も「七人の侍」は座右の映画なので、お二人とすごく距離が縮まった気がした。


「七人の侍」(1954)


 『七人の侍/4Kデジタルリマスター版』、TOHOシネマズ新宿では10月8日(2016年)から、2週間の予定で始まっております。
 やっと見てきました。やっと、というのも毎日満席。
 なかなか予約チケットが取れなかったんですよ。

 すごいわ。62年前のモノクロ映画なのに。
 劇場で観たのは、25年ぐらい前にリバイバルではじめて観たとき以来の3回目。リバイバルの時は初見の興奮がまったく冷めず、連日で2回観に行ったのね。

島田勘兵衛(志村喬)


 今回のデジタル・リマスター、本当にきれいでした。
 セリフなども聞き取りづらかったものも改善されて、途中休憩10分を挟んでの3時間半、久々のスクリーンでの観賞にどっぷりと浸り堪能できました。

 この映画はネガフィルムが残っておらず、傷だらけのポジフィルムしか現存していなかったそうです。ネガさえ残っていれば、新しいプリントも焼くことができるのですが、それがないためにどうしようもない。
 しかし、この映画の熱いファンは世界中にいるし、世界の映画史に刻まれている一本です。文化遺産のひとつと言っていい。
 このたびは時間とお金をかけて映像と音声を補修し、公開当時に近い状態に復元したんだそうです。

菊千代(三船敏郎)


 ぼくはこの映画を劇場で観て以来、ビデオやDVDでなんど観たのか、もうよくわからない。たぶん50回は超えてます。
 劇作家の故・井上ひさしさんではないけれど、それでもなお

「あと100回観て死にたい」。

 この映画を観なければ、ぼくも健二も映画を作ろうと本気で思わなかったかもしれない。
 映画に限らず、小説や音楽でもよい芸術作品はなんどでも鑑賞でき、そのつど再発見がある。ぼくにとって、「七人の侍」は見るたびに発見があり、奥深さを味わえるのです。


 「七人の侍」は、村を襲う野伏(のぶせり・野武士、盗賊のこと)から、村を守るために村人に雇われた七人の侍と村人、野伏たちの戦いを描くエンタメ・スペクタクル作品です。

 ところが、スペクタクルといいながら、この映画は「スタンダードサイズ」という画面の大きさで撮影されました。
 いま現在、映画は家庭用テレビのハイビジョンサイズと同じ縦横比率の「ビスタ・サイズ」と、さらに横長の「シネスコ・サイズ」で撮影されることが主流です。シネスコになるとかなりの迫力のある画角になるので、アクション映画などにもよく使われています。

 「スタンダードサイズ」というのは、昔のテレビサイズとおなじ比率ですから、今見るとほとんど真四角に見え、とても狭い画角なのです。
 しかし、そんな狭く小さな画角であるにもかかわらず、「七人の侍」はものすごい迫力のある仕上がりになっています。

 そのうえ、当時の撮影機材は今に比べるととても質素で、レンズさえもほとんど種類がなかった。当然、VFX、CGなんてあるわけがない。
 ところが「七人の侍」は「シネスコ」に負けないすごい迫力で、画面から目を離すことができません。

 なぜ、こんなに迫力があるんだろうかと、貧弱なアタマでツラツラ考えてみた。


 ひとつは、モノクロだということ。
 カラーじゃなきゃヤダという人も多いですが、デジタル的な言い方をすると、人間の眼が認識できる色数というのは256色、という話を聞いたことがあります。
 ぼくらが映画を作る場合でも「いかに色を抜くか」ということを撮影監督を始めスタッフと話し合ったりします。

 この点でモノクロというのは色情報がないので、写っているフォルムに集中しやすく「動き」を認識しやすい。「動き」にはいわゆる「人の表情の変化」も含まれますから、感情を読み取りやすいということにもなるでしょう。
 これって観る側にしてみると、実はすごく見やすいわけです。

 もうひとつは、この「動き」が、ショットの中が満ちているということ。
 これは黒澤監督の演出の特徴でもありますが、ひとつのカットのなかに、いろんな「動き」を取りまぜています。
 たとえば、人物が会話をやりとりしているカット。物語はふたりのやり取りがあれば充分なのですが、監督はその人物の背後で、風がふきつけるという演出をしています。おおきな扇風機を用意し、わざと砂埃を舞わせます。
 また建物の後ろの竹林が大きく風に揺れるのは、大風が吹くのをわざわざ待って撮影したはずです。
 こうした計算が画面に意味を生み、観る側の感情を刺激する。
 それが全編にわたって注意深く用意され、小さな画角であっても、大きなダイナミズムを生み出しているのではないかと思います。

背後の砂埃が、このショットの意味をより強める。


雨も消防車の散水をつかって、土砂降りの篠突く雨にまで仕立て上げる。


 黒澤監督はいい映画の条件に「シナリオとキャスト」をあげています。
 3時間半を感じさせない濃密で、スピード感とテンポのよいシナリオ。
 そして三船敏郎さん、志村喬さんを始め、七人の侍を演じた俳優の方々はもちろんのこと、小さな役の、画面に写っている人々すべての存在感が、とにかくハンパない。

 その俳優さんと演技を下支えしているのが、美術と衣装です。
 これがまた、この映画の見所であります。
 木賃宿の柱や床板、農家、本当にタイムスリップして戦国時代を撮ったんではないかとさえ思わせてくれる。ものすごい手間ひまのかかる仕事です。

 セットだけでなく衣装が、これまたとんでもない。
 ふんどし一張に鎧をつけた野伏や菊千代の裸の尻がとにかくリアルで、いかにも大昔のニッポンを思わせてくれるんでございます。たぶん、尻好きの人はたまらないのではないかな。

大雨の中での撮影は、真冬の2月に行われたそうで、みんな死ぬ思いだったとか。


 考えてみれば、途中休憩がある映画なんて、いまはもう見かけません。
 かつては「七人の侍」だけでなく、「アラビアのロレンス」「2001年宇宙の旅」なんかも、途中休憩がありましたね。いまはとても忙しい時代なので、3時間を映画鑑賞なんてできなくなったんでしょうねえ。

 でもたまには、ゆっくりとこうした映画を愉しむ時間もとってみると、どっか忘れていた、心にいつまでも余韻が残るような体験を味わうことができます。
 そんな贅沢もステキじゃない?

 最後に、余談ながら。
 冒頭のベテラン俳優のお二人が、

「黒澤監督のお仕事に、ご一緒できなかったことが心残りだなあ」

 と、とても残念そうに言われたことが忘れられません。
 ボクも、黒澤監督に一度でいいからお会いしてみたかったなあ。

「七人の侍」予告編(古いやつなので、セリフが聞き取りづらいですが)

(2016年10月15日記)

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