劇場の愉しみ方
ぼくは黒澤明監督の作られた映画にアコガレて、この道に進んでしまったのですが、映画という娯楽は監督が活躍された頃とはもう大きく様変わりしています。
数日前(2016年)、こんなニュースをみました。
「映画館離れが深刻か」
http://sirabee.com/2016/09/03/156747/
かろうじて映画界の遠く離れた末席に立たせてもらっている身であっても、やっぱり寂しい話。
ただ、人が映画館から離れてしまう理由というのもよくわかる。
映画はすでにデートコースの定番を陥落、娯楽の王様どころか一兵卒。いろいろな割引が用意されているとはいえ1800円はちょっと高い。と、ぼくも感じる時がある。ものすごく面白かったときは満足もするけれど、あかんと思った時はすごく残念な気持ちになる。ありますでしょ、そんなこと。
それだけのお金がかかるのだから、やっぱり見る作品は慎重に選んでしまう。そうなると見るべきか見ざるべきかと中間にあるような作品は「DVDを待つか」となるのは当たり前であります。
でも、劇場には劇場でしかできない体験があるのは事実なんです。
新宿の小さな映画館に行った時のこと。
普段は事前に予約をして映画は見に行くけど、なぜかその日はたまたま飛び込んだ。
客席数150ぐらいの小規模スクリーンだったが、意外なことに上映回は満席。そのとき僕の隣におおきなリュックサックを前に抱えたオジサンが座っていた。
ぼくは見るとはなしに、オジサンの様子が気になって横目でチラ見した。オジサンの手には、ちいさなメモ用紙があり、手書きで時間がびっちり書き込まれている。オジサンは熱心にメモを眺めており、やおらリュックサックを開けると、中からサランラップにくるまれたお手製のおむすびを取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。立て続けにふたつ。
そして映画がはじまりおよそ2時間、最後のエンドロールが流れ始めた瞬間、そのオジサンはさっと立ち上がると、小走りに劇場を出て行った。
ぼくはハッと思い出した。
ある仲の良い映画関係者が、
「監督、映画好きって言う人は、年間に何本映画をみると思います?」
と聞いてきた。
「それって映画館で?…週に一回として50本ぐらいですかね?」
チッチッチ、とその御仁は指を振る。
「甘いです。およそ600本だそうですよ」
「うそ!?」
600本って、あなた、一日2本近いペースで映画館に通ってるってこと!?
「だから、そういう人にとって土日曜日は本数の稼ぎどきなわけです。4,5本のハシゴは当たり前」
ネタだろうと思ったんだけど、その方が「実は以前、僕もそうでした」とゲロった時には、世の中ってホントに広いんだと思いました。
「そういう映画マニアという人が東京では2000人ぐらいいると言われています」
あなたは、その2000人のうちの一人だったんか。
あのオジサンは、自分でタイムスケジュールを組み、いかに効率よく劇場を回れるかをメモっていたに違いない。お手製おむすびもお金と時間を節約するための技だったはず。
映画館で映画を観ることがたまらなく好きで、そういう方は見たい映画云々ではなく、どんなものでもとにかく観るのだそうだ。観倒す。いったい、それってなんだろう。
はたまた。
自分の映画の宣伝のために、ぼくは全国の映画館にお邪魔させていただく。これが面白いことにどこに伺っても必ず一番前で観る、という人たちを発見した。
一番前なんて、スクリーンをほぼ垂直に見上げる角度。首の心配だけでなく、全画面は視野に入りませんよ。しかしどの劇場でも絶対に一人はいるんですよ、そこに座る方が。
なんでわざわざ、そんな見にくい場所でと思っていたら、意外にもぼくの回りにも一人いた。
「え、おれ、そうだよ」
と、ぼくの髪を切りながら友人の美容師は言った。
「絶対一番前。しかもIMAXがサイコー」
「マジで!? 全体が見られないじゃない!」
ぼくも昔、一度だけ一番前の席を経験した。
席が一杯で、どうしても一番前しか空いてなかった。仕方なくそこに座ったんだが、おかげさまでスクリーンの中のロバート・デ・ニーロもジャン・レノもみんなナスビみたいな顔。字幕はえらい遠いわで、ストーリーがまったく頭に入らなかったのは言うまでもない。
「違うんだよ。目の前に画面がいっぱいで、全身にワーーっと迫ってくる迫力がいいんだよ。この前スターウォーズ・フォースの覚醒は、それで3回見たよ」
没入感というのかしら。劇場の愉しみ方は一通りじゃないと、つくづく思いしらされましたよ。
今では「声出し上映」「応援上映」回というのも、人気があるそうで。その映画の熱心なファンがあつまって、声を出し声援を送りながら鑑賞できるというらしい。
まるでライブ。
劇場でしか体験できない愉しみ方は、単に観賞の仕方だけではありません。
作り手や送り手にだって、できる努力はあるかもしれない。
10年くらい前、ロスに行った時のこと。
「ハリウッドにあるアークライトシネマという劇場だけは絶対行け」
と、ロスの友人に勧められて、劇場に出かけた。ちなみにぼくは英語はさっぱりなので、セリフがわからなくてもいいかと「トランスフォーマー」を選んだ。
当時はまだフィルムで上映をしていたが、話によるとその劇場はとにかく映像が綺麗だという。
フィルムの場合、映写を繰り返すとキズが入ったり、強いライトによって色が褪せてしまったりすることが避けられない。だから上映期間が長いとスクリーンの映像はけっこう汚くなってしまう。
ところがアークライトシネマでは、コダック社が威信をかけ毎週新しいプリントフィルムに交換しているんだと友人が説明してくれた。実際、本当に映像が綺麗で、黒色の艷やかしさは身も溶けるほどにこってりとしてた。
が、ぼくはまったく違うことに感激した。
劇場のそばにはオープンテラスのカフェがある。上映まで時間があったので、軽食でも食べようとそこに入った。
アメリカ人の給仕係はチップの習慣があるため、たいてい親切で愛想が良い。
ウエイトレスの彼女はにこやかに注文を取ると
「何時からの映画を観るの?」
と聞いてきた。
ぼくたちは時間を伝えると、彼女は紙にその時間を書きテーブルに置いた。つまり、上映時間に間に合うようにサーブしてくれるというわけだ。
もちろんそれはそのお店の仕組みなのだが、お店のスタッフ全員とにかく愛想が良い。その上、えらく可愛い。
「ここで働いている人はほとんどが俳優のタマゴなんだよ」
と、友人が教えてくれた。
すっかり気持ちよくなったぼくたちは劇場に向かい、指定された座席に座った。
そろそろ時間だという頃、いわゆる劇場の制服をきたお兄さんがスクリーンの前に立ち、客席にむかって話をし始めた。
「まもなく上映がはじまります。携帯電話のスイッチは切りましたか?」
と、上映前の注意を始めた。日本じゃスクリーンにコーションが流れるだけだけど、ここじゃスタッフがやるんだね。
彼も俳優のタマゴだったのかもしれない。とても話し方が上手で、声もよくとおり、ひとり演台に立ってスピーチをしているようだった。ぼくはなんだか楽しくなってきた。
ひとしきりアナウンスを終え、さあ始まるのかなと身構えた。
ところが、だ。
お兄さんは引っこまず客席を見渡すと一呼吸置き、両手を広げおおきな声を張り上げた。
「さあ、おまたせいたしました。それでは皆さん、どうぞトランスフォーマーの世界へ!!」
おおっ、と感じた瞬間、彼の言葉に合わせたように一気に明かりが落ちて、劇場は真っ暗に。そしてスクリーンが輝き始めた。
ぼかぁ感激したよ、その演出に!
日本とアメリカじゃ文化の違いもある。簡単に比較はできないけれど、ショービジネスの底力を肌で感じた気分だった。劇場のお兄さんでさえ、エンターテナー。なにより人が集まる「劇場」という場所は、彼の地において日常では味わえない素敵な体験をするところなんだろうな。
たかが映画、されど映画であります。
ぼくには映画館離れというのはとても寂しい。
お手製おむすびオジサンは今日も劇場を駆けまわっているんだろうか。そのオジサンが従業員エンターテナーを前にしたら、どんな気持ちを抱くんだろうか。
映画館がもっと楽しく時間を過ごせる場所になるには、これから何が必要なんだろうと、ぼんやり考えています。
(2016年9月10日記)
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