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10年に一度の迷言 

 開口一番かならず、

 「どうして、兄弟そんなに仲がいいんですか?」

 これまでお会いしたすべての方からはほぼ全員にそう聞かれ、あげくのはてには、

 「気持ち悪い」

 と、始終いわれております。
 その気持はわかる気もする。
 美しい姉妹ならいざしらず、いい年したオッサン兄弟の仲がいいって、たしかに気持ち悪い。

 日本では兄弟の映画監督は珍しいそうですが、海外ではコーエン兄弟、ウォシャウスキー姉妹をはじめ、兄弟姉妹での映画監督はたくさんいます。
 これは監督に限らず、映画を発明したフランス人もリュミエール兄弟でしたし、映画興行会社ワーナー・ブラザーズも4兄弟が創業しました。
 映画界でもとりたてて兄弟は珍しくはないのよ。

リュミエール兄弟


 ぼくたちは男兄弟3人で、ぼくは一番上にあたります。
 一緒に監督をやっているのは二番目のケンジというやつで、三番目のミノルも美術や制作をやってくれております。
 3人で10時間ぐらい雑談ができるので、周囲の人から見ると「あの兄弟は変だ」というのも、そうなのかもしれない。お互い話しだしたら止まらない。ネタは映画に限らず、宇宙から政治の話まで。ぼくたちとしては子どもの頃から何のかわりもなく過ごしているだけなんですけど、オッサンになっても半日そんな時間を浪費できるのは、やっぱり変なのか。
 まあ、そんな雑談の中から、プリッと映画の企画なんかが湧いてきたりするのです。

 「おれ、気がついたんだけどさ」

 ある日、ケンジが切り出した。

 「いい映画にはさ、必ず三つの要素が入ってると思うんだよ」

 ケンジは工業高校卒で、自ら激バカを公言しております。
 映画を観ることはもちろん大好きだけれど、勉強大嫌い、読書もたいしてしない、テレビはもっぱらスポーツ番組だけという極めてタダのオッサンであります。
 極めてタダのオッサンがゆえのシンプルさが、ときおりハッとさせられることを口にする。

 「三つの要素?」
 「今まで自分が見て感動した映画って、全部この三つが入ってたんだよ」
 「なんだろ?」

 と、ぼくはききました。
 ケンジは鼻の穴をふくらませて答えました。

 「愛と生と死、だよ」

 当たり前といえば、当たり前。
 拍子抜けするほど、シンプルな答えです。

 しかし、ぼくは考えれば考えるほど、このシンプルな答えを、自分の創作のなかで見失っていたことに気づきました。色々と考えすぎちゃうんですよねえ。

 愛と生と死。

 三つとも、とても使い古された言葉であり、当たり前すぎるイベントです。
 でも、わかっているようでわかっていなかった。それを七年前、父親を亡くした時、この言葉の意味をはじめて肌で理解できたのです。
 老いた病身の父を看取ることは心の準備もできていたし、その死がぼくの生活の中に大きな影響を与えることはありませんでした。
 しかし、肉親の死はそれまで巡り合った死とはまた違うなにかをぼくの中に残しました。
 その時、ケンジのその言葉が、脳裏によみがえりました。

 「愛と生と死」

 同時に、これまでの実人生を振り返り、それでやっと気がついた。この三つには極めて強い作用がある。
 
 それは「心を動かす」というチカラ。

 人生観を変えてしまうチカラです。
 もっといえば、この三つ以外に人生観が変わってしまうほど「心を動かす」出来事はないのではないか、と。

 愛は盲目、といわれるように、特に恋愛は、理性ではコントロールできない働きによって「堕ちる」もの。
 子どもの誕生や、自分自身が生きることを実感できたときの喜び。
 肉親や友人の死に巡り合ったときの喪失感、悲しみ。

 それぞれは瞬間的でなくとも、ずっと心のなかに潜み続け、気づかないうちに自分の人生へ大きな影響を与えてくる。
 そう思うと、これ以外の出来事が心を動かしたという記憶が、ぼくにはありませんでした。些細な怒りや喜び、悲しみも、元をたどっていくと必ずこの三つに突き当たる気がします。 
 ケンジの言葉を言い換えれば、心を動かすこの三つを、疑似体験させてくれるもの、それが映画なのでしょう。

 でもそれは映画に限らない。
 文学も絵画も音楽も、優れた芸術には必ずこの三つの要素が描かれています。きちんと描かれた芸術は時代や世界を超えて、古典として今もなお愛される。
 芸術とは、愛と生と死を疑似体験させてくれる唯一無二の世界といっていいでしょう。

 ぼくはモノを難しく考える癖があり、考えすぎてぐるりと一周してしまう。
 対してケンジはタダのオッサンゆえの、シンプルなひとことが妙に力強い。
 加えて三番目のミノルは石橋を叩いて渡る慎重さと現実主義。
 このバランスのおかげで、兄弟監督をやり、兄弟で映画製作ができているのかもしれません。

 大酒飲みで朝までカラオケのケンジではありますが、10年に一度、突然そういった迷言を口にします。

 「イッキ見しながら気づいたんだけど、スピルバーグ監督ってさ」

 明け方に近い居酒屋でケンジがのたまわった。

 「作った作品ほとんどすべてに共通する要素があるって気がついた?」

 今度はスピルバーグかよ。
 しかし答えを聞いて、

 なるほどっ、

 と膝を叩いた。
 たしかにスピルバーグ監督作品の90%は、間違いなくケンジのいう要素が織り込まれている。

 「だから、スピルバーグ監督作品は観客を飽きさせない」

 ケンジはおそらくスピルバーグ監督について書かれた本や研究書など読んでおりません。
 みなさんはわかります?

 よかったら是非、スピルバーグ監督の作品を見返してみてはいかが?
 とってもシンプルな答えですよ。

(2016年12月31日記)



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