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マントは心のともしび

 MA-1、ことし(2016年)流行ってるんですってね。
 このアメリカ軍のフライトジャンパーが、なんでまた今頃?と不思議な気がしますけど。

 MA-1といえば、ボクにとっては映画「ハンター」。
 癌となって余命を宣告されたスティーブ・マックィーンが、遺作として主演した映画です。ぼくは彼の最高傑作と思う映画ですが、その理由のひとつが、全編通して彼が着ているMA-1。

 これが、とにかくカッコよかった。

 映画のせいもあったのか、当時すごく流行りまして、もちろんボクもソッコー買いました。
 映画の中でヒーローが着ているものって、真似たくなるぢゃありませんか。

「ハンター」(1980)


 最近は日々薄ボンヤリして生きてますけど、ぼくもいっときやたらファッションにハマった時期がありました。
 ちょうどDCブランドという言葉が社会的ブームになった頃、わかりやすく流行に踊っちゃって。
 「ニコル」「イッセイミヤケ」「コムデギャルソン」「メンズバツ」「メンズビギ」「パッシュ」ほかもろもろ買いまくり、少ない給料はすべて洋服代に消えておりました。

 そんなある日「アーストンボラージュ」のお店をのぞいた時ですの。

 「アンビリバボー!!」

 心臓が口から飛び出た。

 目の前のマネキンが羽織っておるのは、なんと、

 マント!!!!

 ぼくは子どもの頃からヒーロー系映画はかならず観ておるんですが、なかでも心惹かれるヒーローはみなマントを羽織っていることに気がついた。
 「バットマン」「スーパーマン」はいうに及ばず、なかでもこっそり大好きだったのが「快傑ゾロ」であります。

「アラン・ドロンのゾロ」(1975)

 
 好きな剣戟にくわえて、真っ黒い装束と真っ黒のマスク。
 なにより剣で悪い奴らをバッタバッタとやっつける時の、風になびく黒いマントの美しさ! 
 人にはいえないけれど、「ゾロ」は自分でリメイクしたいほど好きなのよ。
 ちょーかっこいいっ!! 

このなびく感じがたまらんの。


 というような。
 初恋のアコガレにも等しいマントが目の前に!

 値段も見ずに買いましたがな。月賦(げっぷ)で。

 DCブランドの真っ黒いマントを手に入れたボクは、毎日マントをなびかせて家を出て行ったね。
 もうね、おしゃれをしようとか、そういうレベルではないよ。

 気分はゾロさ。アラン・ドロンさ。

 どんなやつでもかかってこい、って気持ちだったねえ。

 翌年の初詣。
 深夜0時前。
 激お気に入りのマントをなびかせて、かしわ手うってやるぜと意気揚々でて行こうとしたら、いきなり母親が思いつめた顔で、

 「お願いだから、そのマントだけはやめとくれ!」

 と、玄関先ですがりついてきた。

 「あんた、ご近所でなんていわれてるか知ってんの!?」

 東京であればいざしらず、ボクの育ったところは市街からクルマで10分も走れば、田んぼばかりが広がる田舎町。

 「お宅の息子さん、このごろすごい服をきてらっしゃいますね」
 「マントっていうんですか? 初めて見ましたわ」
 「なにかゲージュツ的なお仕事をされてるんですよねえ」
 「やっぱり、ちょっと変わっ…違いますわねえ」

 マントをなびかせてご近所を闊歩するボクは、かなり注目をあびていたらしい。

 母親はその話が出るたびに、穴が入りたいほど恥ずかしいとこぼす。
 田舎のおばはんに、この美学がわからんのか。

 理解されない我が身の不幸を嘆く中原中也になった気持ちを抱えて、ボクは泣いてすがりつく母親を振りほどき、マントを翻して颯爽と出ていったとさ。

 しかし、後年。
 つか、今現在だ。

 「アニキ、あのころマント着てたし、それで竹刀もって芝居の稽古してたし」

 と、弟ケンジがネタにすると、周囲からは大爆笑。

 なぜでしょうか。どうして、そんなにウケるんでしょうか。

 ファッションにはその場にあったドレスコードもしくはTPOに応じたオシャレと、とにかく人とは違うもので自己主張をしたいという二通りがあると考えられます。
 後者でいえば、いまじゃどんな奇抜な恰好をしても許されるようですし、コスプレという便利な言葉もあります。まあ、そんな意味では、ボクのマントはコスプレに近い感覚だったのかもしれません。
 ちょっと生まれてくるのが早かった。そうに違いない。
 

 母親に泣いて止められたマントもいつしかタンスの肥やしになりました。
 世間体がうんぬんとか、自分があきたというわけでなく、じつは、

 すげー重かった。

 マントというやつは単純な構造で、だいたいジャケットやコートの上から羽織るんですね。
 マントはしょせん大きな布ですから、それ自体が重いわけです。
 冬場は重ね着している上にマントまでか重ねちゃうと、すごく肩が凝るのです。
 というわけで、しだいにマントを敬遠するようになってしまった。やっぱ軽い服が楽。

 でもさ、マントはわが心のともしび、どうしても捨てることが出来きずに10年経ち、20年経ち。
 気がついたら、なんということか、ボクのマントは子どもの幼稚園で着回されていた。毎年おゆうぎ会の定番衣装でありがたがられちゃって。
 やっぱ世間はコスプレの衣装としか見ておらんのでありましたよ。

 しかしだ。

 MA-1のごとく、ファッション流行は繰り返す。

 ということは、

 マントはまた来る! 
 かならず来る!

 と、ひそかにファッショニスタこばやしは思っておるわけです。
 来ないかなあ。
 来るとおもうんだけどなあ。

「マスク・オブ・ゾロ」(1998)


 かっこいいと思うんだけどなあ。
 ダメかなあ。

(2016年11月12日記)


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