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映絵師の極印(えしのしるし)第2話 中編・壱 -皇帝-

前回のあらすじ

猫手会に届いた『皇宮映絵会』開催の知らせに色めきたつ猫友塾
講師である虎も猫手会のため勝利を目指しているのと同時に、今後の戦力となるよう塾生の育成に勤しんでいた

大会の開催から順調に勝利を重ね、喜んでいた猫手会面々だったが、準決勝を前に皇帝が現れ、虎は心をかき乱されるのであった……


「こ...っ!皇帝...陛下...」

皇帝は虎をチラリと見てニヤリとするが、何事もないような素振りで控え室を見渡した。すると、皇帝のお付きの者が一歩前に出た。

「各々方!皇帝陛下より、貴君らにある提案を申し渡す。しかと聞くように」

お付きの者が宣言すると、皇帝が準決勝に残った4組に直々に声をかける

「そなたたちは誠、素晴らしき才能をもっている。だが一対一という対決は少々見飽きたのでな、少し趣向を変えようかと思うた次第だ……ふむ、ここから決勝までは、各陣営二人一組で争ってもらおうかの。来たのはそれを伝えにな。」
控え室は、突然の御触れに動揺を隠せていなかった。

「さすれば各々の表現力、戦力の幅も拡がるだろうからな。さて、準備もあるだろう…よし、準決勝までには一時の猶予をもたせる、宮殿大時計の鐘が鳴ったら、また再開させようぞ」

皇帝は控え室を後にしようと、踵を返した。
しかし、ふと立ち止まり、「それと…」と付け加えるように皇帝はニヤリと笑い、

「決勝戦の映絵には『しっかりと印まで入れる』こと、努努忘れるなよ?以上、では皆の者、また会場でな」

そして、皇帝は控え室を離れていった。

これまでの戦いは、映絵の出来映えや芸術性で判断してきた皇帝。
だが決勝だけは思惑が違うようだ。


これには猫手側は頭を悩ませた。
今の猫手会は、初代猫友・弾の不調により、腕利きが虎しかいないのだ。
それ故に毎週映絵塾を開いては若い者たちに勉強をさせているのだ。

陣営控え室で弾と虎、猫手会一同が意見を交わしていたが、思うような結論にならない様子。

「むぅ...俺が出れば済むことなんだがなぁ、ハッキリ言って今まともに描ける自信は...」
片手、片足が動かない上重い病に犯されている弾。この会場に足を運ぶにも精一杯な様子だった。

だが、そんな心配をよそに、虎は猫友に進言したのである。
「弾師匠、ここはわたしに任せてくれませんか?」
「あ?虎ァ、なんか考えがあるのか?」
「はい、私は師匠に仰せ遣わされて塾の教師をしてきました。今こそ、その力を使う時かと」
「...そうだったな...よし!ここは虎、お前に任せるぞ」
「ありがとうございます、師匠」

虎は弾へ頭を下げ、猫手会の一同に向かって宣言した

「猫手会のみなさん、私は僭越ながら映絵塾で教師をやってまいりました。そのようなこともあって、この猫手会全員の映絵の実力は把握しています。そして今、猫友である弾師匠より全てを任されました。なので...みなさんも、私を信じて協力してください、お願いします!」
動揺していた猫手会だが虎の演説で少し落ち着きを取り戻したようだ。

「それはもちろんだがよ、この中に虎さんの相手が務まるやつがいるのかよ?」
「武市坊ちゃんくらいじゃねぇか?」
やはり、皆の想いはそこであろう。
虎はどうするのか、と皆固唾を飲んで次の言葉を待っていた。

「はい、私の相方はその塾生から選ぼうと思います。ずっと一緒に学んできたのでパートナーとしては最適です」
「塾生か、そりゃあ俺らよかずっと上手いだろうけどよ…」
「そうだぜ?まだ子供だし、大丈夫なのかよ」
ざわめく一同に弾がたまらず喝をいれる。
「おらぁ!おまえら虎の言うことが聞けんのか!こいつは俺の一番弟子だぞ!!」
よろけながら吠える弾に心配しながらも、さすがに皆黙り込んだ。

「オホン、さて、私の相方ですが…」
緊張して静まる中で虎の声だけが響く。
控え室の1番奥にいる武市と三毛を見やり、
「三毛君、やってくれますね?」

突然の指名に控え室は勿論、指名された三毛は動揺した。

「ぼぼぼぼぼぼ、僕が?な、なんで武市じゃくて僕が…」

「三毛君、君はまだ気づいていませんが君の実力は塾生で一番なのですよ」
「武市ぼっちゃんもそれはなかなかのものですが、まだあなたの方がかなり上の技術をもっていますよ、それに…」
「ああ、不動心だよな!虎」

納得した様子で、武市は言った。
「ええ、そうです、ぼっちゃん。三毛君は日々私の全てを学んでくれています。今回はその事も1つの武器になるとおもいましてね...ぼっちゃんには申し訳ないのですが…」

「いいや、大丈夫!僕も三毛がいいと思ってたよ、苦手な映絵もないしね」
少し悔しそうな武市だったが、すぐに三毛を応援している。
「だから三毛!お前なら出来る、二人で特訓しただろう!」
「ででで、でも、僕は印なんかもってないよ!」

「おっ!虎!コイツもう決勝行く気になってるぞ!」
猫手会の会員が囃し立てる、無論応援の意味でだ。

「いや、そういうわけじゃ……いや!いきたいけど…」
皆の期待に応えられるか不安で動揺する三毛に、虎は優しく諭す。

「三毛君、印というものは、あなたそのもの、つまりあなたが今まで生きてきた証のようなものです。なにも考えず、自然体でいれば感じるものがあるはずです。それをそのまま書けば印になりますよ。良いですか?恐れずに、感じたままを刻むのです、なにも難しいことはありませんからね」
「感じたまま……」
三毛は少しうつむくとすぐに前を向いた。
「おっ、なんかわかった風だな」
武市が顔をのぞき込んだ。
「もう!...でもわかったよ。武市、君の分も精一杯やらせてもらうよ!」
「ああ、悔しいけどここはお前に託す!」

総合的にみて、映絵の技術は三毛のほうが上だろう。
だが武市の潜在的な発想や閃きは群を抜いている。
似たような境遇の三毛に虎が親心をもったのかどうかはわからない。
ただ、迷わずに三毛を選んだことだけは確かだ。


猫手会が出る準決勝第一試合が始まる時間になると、両陣営から二人の絵師が呼ばれた。

会場となる広々とした中庭を囲むように各陣営が試合を見守る。

合わせて4人の絵師はそれぞれ交互に相対する形で配置された。
丁度お互いが斜め前になる形だ。

それを見た弾は感心したように
「ははぁなるほど、どうやらあの皇帝も策士だな、やっぱり…」
「なんで?親父!」
不思議そうに武市が訪ねる。
「わからねぇか、見ろ、あの位置で描くってことは、自分達はお互いの映絵がどんなもんを描いてるかわからねぇはずだ、だがな、隣とは近ぇんだ」

「ん?隣は見えるってこと?」
武市はまた訪ねる。
「そうだ。隣の一方の敵の描いてるモンは確認できる、そこがミソだ」

一呼吸置いて弾は続ける。

「ひとつのお題に対して4人が同じモンを描く訳だからな、出来れば同じ陣営で似たようなモンは描きたくないだろ、確認できる訳だから隣のヤツとは被らねぇ、が深読みしすぎると自分達の陣営で被らねぇとも限らねぇ」

「うーんイマイチ、ピンとこない」
わからない武市に弾はたまらず小声で
「バカタレ、本当にお前は俺の息子か」

凹む武市に少しやさしく

「例えばだ、お題が(なつ)だったとする。となりのヤツの描いてるのが見えるわけだ。そいつが花火を描いてたら、どうしたって花火は描きづれぇわな、よっぽどそいつより画力がある自信がねぇと同じモンは描かねぇだろ、だからここで一つ、選択肢が失われるんだ」
「そうか、それがお互いに起きるわけだね!」
「そうだ、二人で考えすぎて同じモンになっちまう事はあるだろうよ」
「僕と三毛なら絶対被らないのにな!」

「それはお前に苦手分野があるからだ」
「ちぇー」

「親父なら何を描く?」
興味津々に武市が訪ねる。
「おっ、そうだな、綺麗なおねーちゃんが花を持ってる所だな!」
「そういうこと息子に言う?それに(なつ)じゃないじゃん」
むくれる武市に弾はおどけて
「菜摘だ、若いな武市…」
「親父が猫友な理由が解った気がするよ」

そして、いよいよ準決勝が始まろうとしていた。



────次回、第二話 中編・弐 -変動-

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