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トンガの離島めぐりvol.1 〜本島から一番遠い? 〜Niuatoputapu〜

本日(2022年1月24日)、在トンガ日本大使館の大使による挨拶がホームページに掲載されていました。少し長いですが、一部抜粋させていただきます。

1月14日(金)にこれまでより大きな噴火が観測され、津波警報も出され、午後からトンガ政府は閉庁となりました。現地のWeb新聞(Matangi Tonga)にその噴火の模様の写真が掲載されていますが、この時も我々に体感されるような音や揺れはなく、巨大な噴煙の写真も視点を変えればここまで接近しても問題のない火山活動だったことを示しています。12月の時のようにいずれまた収束するだろうと、思っていました。
 1月15日(土)の午後5時過ぎ、休日で自宅で寛いでいた時にそれは始まりました。
 これまで聞いたことのないような巨大な音、近くで大きな大砲を発射したような「バンッ」という音が空から響きわたりました。それに続いて、これも経験したことのないような衝撃が駆け抜けました。噴火の爆発による衝撃波だと今は言えますが、家や窓ガラスが撓むような激しい、音速で駆け抜ける衝撃、地面の揺れはない、地殻からではなく空からのもので、日本では経験したことのない衝撃でした。

「大使挨拶 雲間からの光ーこの度の災害と皆様からの支援ー」
在トンガ日本大使館HPより

引用させていただいたサイトでは、火山噴火から津波が来るまでの当時の様子がわかるのと、その後の通信状況、そして日本からの支援物資が届いた時の様子などがわかるのでぜひご一読くださいませ。

また、駐日トンガ王国大使館の公式Instagramも開設されたとのことで、こちらももしよろしければチェックしてみてください。



さて。タイトルに書いたニウアトプタプ島ですが、私は青年海外協力隊でトンガ王国で活動していたとき、農林水産省に配属されたこともあって、農業祭というイベントに関わることができました。(というか同僚たちの優しさで連れて行ってもらいました。)

その時、2週間かけてトンガの離島を回らせていただきまして、昔書いたその時の活動報告みたいなものが出てきたので、共有させていただこうかなと思います!


まずは写真!

確かお偉い方々が座られた場所
民芸品
このような会場に農作物や民芸品が並べられていた
農作物。バニラやイモが多いが、葉物なども見られた。


以下、活動報告となります。


今回の巡回の手段は船を用いたが、普段生活しているトンガタプからニウアトプタプまでおよそ2日を要する。途中、まずおよそ半日かけてハアパイに寄り、そこからまた半日かけてババウまで行く。今回はトンガタプを正午前に出たので、ハアパイには深夜、ババウには正午過ぎに到着した。言葉にするとスムーズだが、荒波の中の航海は想像をはるかに超えてしんどくて、要するに船酔いに苦しんだ。もともと乗り物酔いしやすいのだが、酔い止め薬を持ってこなかったことをものすごく後悔した。ちなみに船は日本が比較的最近寄贈したもので、設備はそれなりに整っている。薄型のテレビが各部屋に設置されていて、基本的にB級映画がずっと流されていた。トンガ人は深夜でも大音量でテレビをつけっぱなしにするので、たびたび映画の悲鳴や銃撃戦の爆音に起こされた。トイレやシャワーも当然あるのだが、極力身体を動かしたくなくて、使う気になれず、ニウアからババウに戻るまでほとんど利用しなかった。一応エアコンもあって快適に寝られると思いきや、船の中では、ござを敷いて毛布にくるまってみんなで雑魚寝をするというスタイルで、トンガ人の寝相やいびきに悩まされた。弱音ははかなかったが、よっぽど顔色が悪かったのか、「ニウアはやめてババウに留まるか?」と同僚にも心配されたが、せっかく連れてきてもらったのに途中でリタイアは嫌だったので、意地でもニウアに行くと返答した。ひたすらにじっと横になる作戦が功をなしたのか、それともただ単に波が穏やかだったのか、ババウからニウアまでの道のりはそれほど苦痛ではなかった。ただ、時間帯を気にせず、眠っているのをわざわざ起こして「何か食べる?」と食料を持ってくる同僚たちに心配させていることが、心苦しかった。

そんなこんなで到着したニウアトプタプでは、到着するやいなや車に乗り込み、会場に向かい、農業祭の準備をして、農業祭を開催して、片付けをして、船に戻る、というあっという間のスケジュールであった。自分にとっても初めての農業祭で、右も左もわからぬまま終わってしまった…。ただ、中国人はおらず、ファレコロア(コンビニみたいなもの)もない。どこで買い物をしているのか不思議で、自給自足の生活をしているのかと思ったのだが、ニウアトプタプで今年の3月まで7年間働いていた同僚の話によると、ショッピングモールと呼ばれているお店があるらしく、そこでいろいろなものを購入していたそうだ。月に1度はトンガタプから船が来て、そこから様々なものが手に入るらしい。また、携帯電話会社のTCCや電線もあり、生活は苦ではなかったと同僚は言う。ちなみに農業祭に出品されているものの中に、イモ以外の野菜(白菜みたいなもの)も見られたのが、意外であった。基本的、葉野菜は中国人が持ち込んだものと考えていたからで、先に書いたように中国人の姿は見られなかったからだ。この辺りはまた同僚に確認しようと思う。

農業祭が終わると、住民や現地農業省の職員が用意してくれた食べ物を食べる。トンガモアと呼ばれるトンガ産の鶏肉や、ニウアフィッシュをごちそうになった。「トンガモアは、ココナッツなどを食べているオーガニックだ!」と笑顔で言われ、食べ応えがあっておいしかった。トンガのニワトリは野生で鍛えられているだけあって、走るのはとても速いし、3mくらいは軽く飛び、すなわち筋肉がとてもひきしまっている。また、コンビーフやインスタントラーメンもふるまわれ、船旅で3日間何も食べられなかった自分には多少きつかったが、おいしくいただいた。普段通りの食事ではないだろうが、やはりニウアでもコンビーフやインスタントラーメンは気に入られているのだなぁと実感した。

そして、再び船に乗り込み、およそ半日かけてニウアフォオウに向かう。


というわけで、次回はニウアフォオウ島のレポートを投稿したいと思います!

'Ofa atu


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