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ロシアで役者の仕事をするには②

「ロシアで役者の仕事をするには」シリーズ第2弾は、「そもそもロシアではどうやって役者になるか」すなわち「日本の芸能事務所主導型のシステムとロシアの芸術システムの中の役者の立場の違い」についてです。

日本で役者になろうと思ったら、その第一歩は無数の選択肢があります。どこかの芸能プロダクションや劇団の養成所に入るとか、誰かのワークショップに通うとか、小劇団や芸能プロダクションに所属するとか、誰かの付き人になるとか、他にもおそらくあると思います。東京の居酒屋やレストランに入れば、バイトで働いてる人の中に役者の人が何人かいる確率は高いです。裏を返せば、誰でも役者になろうと出来る、とも言えます。役者の仕事だけで食えてるかどうかは兎も角、役者の仕事に関わっている人の数は日本の場合、莫大なる人数になるでしょう。

そういう人たちに「何をやってる人ですか?」と問えば「役者です」とか「バイトしてますが本当は役者です。年に何回か舞台やっています」とか「本当は役者で、時々テレビ出ています」と言うかもしれません。なので日本では、自分が役者と言えば役者、なのです。資格も何もいりません。

じゃあ、ロシアではどうなのかと言えば、ロシアの俳優さんは全員国立の演劇大学を卒業しています。最近は子役や少年少女の役で若い頃から有名になって、そのまま役者としてやっていく人も出てきましたが、基本的にほぼ98%の俳優さんは国立の演劇大学で専門教育を受けて卒業した人です。国立の演劇大学は昔は5年間、最近は4年間、朝から晩まで日曜以外ほぼ毎日授業があり、その都度その都度の試験などをクリアしながら徹底的に鍛えられていきます。入学時にひとクラス30人くらいだったのが卒業時には20人弱くらいになります。入学試験時期にはものすごい数の入学希望者が大学の前にあふれて試験の順番待ちをしています。入学出来ただけでももはや演劇エリートの第一歩ですが、そこからさらに鍛えられて卒業しないと役者として認められないという厳しい道です。

そういう大学時代を過ごして卒業できた人だけが役者を名乗るのがロシアなのです。なので、今回のテーマである

質問「そもそもロシアではどうやって役者になるか」

答え「国立の演劇大学を卒業すること」

と言えます。国立の演劇大学は大手の4大学として、ギティス、シューキン、シェープキナ、ムハット、がモスクワにあります。モスクワには他にも全ロシア映画大学があり、そこにも役者科がありますから、役者になるための国立の養成カリキュラムを持つ大学がモスクワに5つあることになります。そういう大学はモスクワだけでなく地方都市にもあり、地方の国立演劇大学を出た人はそこの地方の劇場に所属し働くような流れになることも多いです。ただ、地方にいるとモスクワで製作されているテレビや映画のオーデイションに来ることも容易ではなく、必然的に地方の劇団での活躍となっています。なので、役者になりたい人は最初はモスクワの大手4つの国立の演劇大学が映画大学の役者科を目指して入学試験を受けようとします。

地方の劇団と言えば、井上雅貴監督の「レミ二センテイア」という映画は、ヤロスラブリというモスクワから300キロ離れた地方都市で全編撮影されました。この映画に出演していた俳優さんはヤロスラブリの劇団の俳優さんです。要するにロシアはそれぞれの地方都市に演劇やバレエ、クラシック音楽の劇場文化とそれを支える教育システムがきちんと根付いているとも言えます。

現場でロシアの俳優さんと一緒になった時に聞いてみると、だいたいはそのモスクワの5つの大学の卒業か、サンクトペテルブルクの演劇大学卒業かのパターンが殆どです。同様にクラシックバレエやクラシック音楽などの世界も国立の音楽大学やバレエの学校を出た人だけが、バレエダンサーであり音楽家として認められます。そして演劇もバレエも音楽も、ロシア人は基本的に授業料が限りなくゼロに近いです。なぜそれが可能かというと、国からの芸術の保護に関する予算が大きいからです。後述しますが、ロシアの劇団が少ないながらも役者やスタッフに固定給を払えるのも、国からの予算が降りているからです。

そういう芸術に関する専門教育や文化の根付いているロシアなので、俳優さんや監督も芸術家と呼ばれます。日本のように有名人とか芸能人とかいうあいまいな呼ばれ方はしません。芸術家として世間からその立場を認められているのが、ロシアの俳優さんであり監督なのです。

これは余談になりますが、ロシアでは部屋を借りようと思って家を見に行った時、そこに必ず大家さんが来ます。そこでいろいろ仕事についてなど質問されたり何だりするのですが、「私は監督です」とか「役者です」とか言うと一発でOKになります。むしろ、俺の家に住んでくれ、くらい言われます。それくらい、役者や監督というのは芸術家としてこの国では尊敬されているのです。日本で役者です、とか言ったら部屋貸してくれない場合も多々ありますが、ロシアでは社会的立場がそもそも「尊敬すべき芸術家のカテゴリー」に役者や監督はあるのです。

芸術の国ロシア、を支える国の支援。そしてそれを長く続けて来たことによって、一般大衆の中に根付いている演劇や劇場文化。演劇文化が根付いている中での役者になるための演劇教育であり、その後の芸術家としての役者人生なのです。

そういう恵まれた環境の中でロシアの俳優さんは生きています。

私に来る質問の中で時々ある「演劇大学に入るにはどうしたら良いですか」というのにもここで答えておきたいと思います。答えというか段取りとしましては、上記の演劇大学のサイトなどを見て、必要書類を揃えてやりとりしていくというスタンダードな方法しかないのですが、ロシアの大学のそういう段取りは極めて雑でストレスが溜まることが多く、ビザの問題もあり、なかなか前に進ま無いことも多々あります。なんとかそういう煩雑な手続きの部分をクリアしたら、外国人の場合は最初予備科に通って語学の研修やロシアの歴史の研修の授業を受けなければなりません。誰かそういうのに詳しいロシア語堪能な人をモスクワで雇ってお願いするのが賢明かもしれません。1年だけの短期の留学や大学院に通うなど、様々な形でロシアの演劇教育に触れることも出来ますが、それぞれに様々な条件があるので、しっかりと調べてから入学手続きを始められることをお勧めします。

そういう学生になると、モスクワに来てから居住するのはおそらく寮になると思います。寮は古い場合がほとんどなので、嫌な場合は自分でアパートを借りると良いと思います。寮は地方から来たロシア人たちと料金は同じで、安いです。ただ授業料は外国人の場合、4年生の演劇大学ならば年間100万円くらい、映画大学ならその半分くらい、かかります。1年間の留学や大学院などの詳しい金額はその都度変わるので自分で調べてください。

上述したような演劇大学を出た後、どういう道を歩むのかについても解説しておきたいと思います。

大学卒業後、どこかの劇団に所属できることができればそれは理想的なことです。劇団に所属すれば、日本円の今のレートで言えば10万円もいかない額ですが固定給が出ます。ロシアの劇団はレパートリー制ですから、その演目の中で自分の演じる役のリハーサルや本番を日々こなしながら、オーデイションを受けてテレビや映画に出るチャンスを虎視眈々と狙う日々が日常です。劇団に所属出来無かった場合は、フリーの立場でオーデイションを受けたりしながら日々を過ごします。フリーとは言っても最近はそれぞれにエージェントがいる場合がほとんどです。エージェントと役者の関係は前回の記事に書いた通りです。

今回のテーマの「日本の芸能事務所主導型のシステムとロシアの芸術システムの中の役者の立場の違い」の中の「ロシアの芸術システム」の部分が中心の解説になってしまいましたね。前回の記事と合わせて、その違いや芸術システムの部分を感じていただければ幸いです。

長くなってきましたので第2弾の今回はこの辺りで。今回解説させていただいたような教育システムの中でバリバリやっている俳優さんたちとロシアの現場で一緒に仕事をするときに、日本人の私たちは何をしなければならないのか。どういう演技を求められるのか、について次回の第3弾は解説させていただきたいと思います。

感想や他に質問したいことなどありましたらお気軽に!

今回もありがとうございました。

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