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COVID-19パンデミック時代に基礎教育保障からメディア情報リテラシーを考える

はじめに

9月6日に「COVID-19パンデミック時代に基礎教育保障からメディア情報リテラシーを考える」をテーマにしたオンライン・シンポジウムを開催します。僕が基調提案を行います。そこで、基礎教育としてのリテラシーとメディア情報リテラシー教育をつなぐための基本的な視点をまとめておきたいと思います。

まず一つめとして、ユネスコのリテラシーの考え方をまとめます。基礎教育の土台に位置するのがリテラシー(識字)です。リテラシーについての考え方も近年になって大きく変わってきました。ユネスコはリテラシーどのように定義しているのか、明らかにしておきたいと思います。

二つめとして、ユネスコのメディア情報リテラシーの考え方をまとめておきます。メディア・リテラシーとメディア情報リテラシーはどう違うのか、確認しておきましょう。

三つめとして、SDGsとの関係を説明します。リテラシーはメディア情報リテラシーの土台ですが、運動としてはSDGsをハブとしてつながっているとも言えます。

四つめとして、COVID-19パンデミックにおけるユネスコの取り組みとの関係を考えてみます。シンポジウムではCOVID-19パンデミックとリテラシーおよびメディア情報リテラシーとの関係が問われることでしょう。

ユネスコのリテラシー概念とは?

最近は、ネットのリテラシーといった言い方もよくされますが、そもそもリテラシーとは何か、明確にしておく必要があります。学問研究の世界では、リテラシー論は機能的リテラシーから批判的リテラシーへ、そして多元的リテラシー論へと変化しつつあるとみなされています。

リテラシーという言葉を日本語にすれば、識字になります。字を識るという意味ですが、リテラシーは単なる読み書き能力ではありません。

まず、ユネスコのリテラシー概念をまとめておきましょう。ユネスコは2017年に国際識字デー50周年を記念して『過去を読み、未来を書く』と題した報告書を公開しています。この報告書にはユネスコのリテラシーに関する最新の考え方がまとめられています。

ユネスコはリテラシーを次のように定義しています。

リテラシーとは、さまざまな文脈に関連した印刷物や文章を用いて、確認、理解、解釈、創造、伝達、計算を行う能力である。
リテラシーは、個人が自分の目標を達成し、知識と可能性を開発し、地域社会やより広い社会に十分に参加することを可能にするために、学習の連続性を伴う。

 
そしてユネスコのリテラシー概念には次のような3つの特徴があります。

1 リテラシーは、人々がさまざまなメディアを通して、コミュニケーションや表現の手段として利用する。
2 リテラシーは、多元的であり、特定の目的のために特定の文脈で、特定の言語を使用して実践される。
3 リテラシーは、異なる習熟度レベルで測定される学習の連続性を伴う。

このようにリテラシーは多元的です。この報告書は「テキストを含むコミュニケーション」を対象にしており、画像のような記号を含まれます。そしてコミュニケーションの対象は他者だけではなく、自分自身も含みます。

もう一つ大切なことは、識字と非識字という二元的な視点を取らないということです。例えば非識字率調査はこの二元論に立っていますが、この報告書は二元論ではなく、連続体としてリテラシーの有無を捉えています。

一方で、リテラシーという用語は多様な文脈で多様な使われ方をします。例えば、金融リテラシーや環境リテラシーといったものです。こうしたリテラシーに対して、「知識や象徴的システムの操作という共通の要素の存在という点で、明確な関係がある」とみなします。

そして、「リテラシー(文字を含むコミュニケーションという中心的な意味で)を促進することは、SDGsの達成に向けた集団的な取り組みの必要な一部として、他の基礎的能力を習得するための基礎となるもの」と位置付けています。

メディア情報リテラシーとは?

ユネスコは上記の2017年の報告書で、メディア・リテラシーを「21世紀の教育へのアプローチ」だとみなし、次のように定義します。

印刷物からビデオ、インターネットにいたるまで、さまざまな形態のメッセージにアクセスし、分析し、評価し、作成し、参加するための枠組みを提供する。メディア・リテラシーは、社会におけるメディアの役割の理解と、民主主義国の市民に必要な探究心と自己表現の本質的なスキルを養うものである。

もう一つ、大事なリテラシーとして情報リテラシーがあります。情報リテラシーとは個人的、社会的、職業的、教育的な目標を達成するために効果的に情報を探し、評価し、使用し、制作する能力のことです。

メディア・リテラシーはメッセージやコンテンツを対象としますが、情報リテラシーは情報を対象とします。

また、ユネスコは2013年に「メディア情報リテラシー 政策と方略ガイドライン」と題した報告書を公開しています。

このガイドラインでは、情報リテラシーとメディア・リテラシーについて、次のようにまとめられています。

情報リテラシー
・情報の必要性を明確化・区分化する。
・情報の場所を特定し、アクセスする。
・情報を批判的に評価する。
・情報を組織する。
・情報を倫理的に利用する。
・情報を交流する。
・情報の加工のためにICTを利用する。

メディア・リテラシー
・民主主義社会におけるメディアの役割と機能を理解する。
・メディアがその機能を十分に発揮しうる条件を理解する。
・メディア機能の観点からメディア・コンテンツを批判的に評価する。
・自己表現、異文化間対話、民主主義的参加のためにメディアに取り組む。
・ユーザー・コンテンツを創造するのに必要なスキル(ICTを含む)を身につけて用いる。

二つのリテラシーはもともと土台となっている学問分野が異なります。情報リテラシーは図書館情報学が土台となっており、情報リテラシー教育や運動を担っているのはIFLA(国際図書館連盟)です。日本ではコンピュータ・リテラシーと混同されることが多いので注意が必要です。

メディア・リテラシーは主として文字以外のメディアを基礎として発展してきた概念ですが、ここでいうメディアとはマスメディアのことです。今日ではソーシャル・メディアも含みます。こちらはカルチュラル・スタディーズを土台とした、マス・コミュニケーション学や教育学を土台にしています。

ユネスコはこの二つのリテラシーを接合し、さらに関連する他のリテラシーを統合しました。つまり、メディア情報リテラシーは、メディア・リテラシーと情報リテラシーを基礎とした拡張された多元的リテラシーであるといえます。

MIL概念図

SDGsとメディア情報リテラシー

ユネスコは2000年に作られた世界の達成目標であるMDGの後を継ぎ、2015年9月に国連総会で可決されたSDGsを教育機関の立場から推進しています。

リテラシーやメディア情報リテラシーの立場から重要なのはSDGs第4目標の確認です。

第4目標「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」

この目標の下に10のターゲットがあります。その中でもとりわけターゲット4.6と4.7が重要です。4.6は基礎教育保障に直接関わります。また、4.7はESD(持続可能な開発目標のための教育)を意味しています。

4.6 2030年までに、すべての若者および成人の大多数(男女ともに)が、読み書き能力および基本的計算能力を身に付けられるようにする。 

4.7 2030年までに、持続可能な開発と持続可能なライフスタイル、人権、ジェンダー平等、平和と非暴力の文化、グローバル市民、および文化的多様性と文化が持続可能な開発にもたらす貢献の理解などの教育を通じて、すべての学習者が持続可能な開発を推進するための知識とスキルを獲得するようにする。

また、メディア情報リテラシーにとっては、目標16のターゲット16.10も重要です。これは情報への権利の保障を意味しています。

16.10 国内法規および国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。

もう一つ忘れてはいけないのは目標17です。

目標 17「持続可能な開発に向けて実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

SDGsにはそれぞれのリテラシーに関わる内容が含まれていますが、大事なのは2017年の報告書に書かれているように、これらのリテラシーは「SDGsの達成に向けた集団的な取り組み」に必要な基礎となるものという理解です。

メディア情報リテラシーの立場から言えば、SDGsを達成させるために、基礎教育保障としてのメディア情報リテラシー運動とは何か、それをいかに進めていくべきかという問題を考えなければなりません。

また、基礎教育保障の立場からは、SDGsを達成させるために、メディア・メッセージや情報に満ちたデジタル市民社会における基礎教育保障とは何か、それをどのように進めるのかが問われていると言えます。

COVID-19パンデミック時代のユネスコの取り組み

COVID-19パンデミック下で対面学習が困難となり、オンライン学習のためのICTの活用が不可欠となりました。他方でインフォデミックと呼ばれる状況が問題となっています。このような状況下でユネスコはさまざまな取り組みを進めています。

一つは「COVID-19レスポンス」です。COVID-19パンデミックがもたらしたインフォデミックと呼ばれる大量の偽情報の流通は命にまで影響をもたらします。そこで、ユネスコはデマに対するファクトチェックと正確な情報の提供を行っています。

もう一つの特徴的な取り組みは「ネクストノーマル・キャンペーン」です。

ユネスコは次のように指摘します。

世界がパンデミックから脱却し始めると、私たちは学んだ教訓を忘れ、環境、経済、公衆衛生、そして社会にとって正常であると考えていることの代償を無視して「正常に戻ろう」とする傾向があります。ユネスコは、私たちの「正常」に対する認識に挑戦する世界的なキャンペーンを開始しています。私たちの以前の現実は、もはや普通のものとして受け入れることはできません。今こそ変革の時なのです

例えば、対面学習が重要だからといって、やむなく始めたオンライン学習は、パンデミックが終了すると同時に捨て去って良いものでしょうか。それが正常に戻るという意味でしょうか。おそらくそれは間違いでしょう。このような「正常」に対する認識自体が問われなければならないはずです。

まとめ

ユネスコのリテラシーとメディア情報リテラシーの考え方を紹介し、SDGsへの取り組みにこれらのリテラシーが基礎となることをご説明しました。また、ユネスコがCOVID-19パンデミック時代に推進している二つの取り組みを紹介しました。

ユネスコの提言を受けて、ウィズ&ポストCOVID-19パンデミック時代に、すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進することを目標として、基礎教育保障やメディア情報リテラシーの立場からこの問題をどのように捉え、何をすべきだと考えますか? 9月6日のシンポジウムで議論したいと思います。

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