見出し画像

オンラインニュースを読み解く「横読み」とは何か

この記事は2020年11月22日に開催された第17回NIE学会分科会での発表原稿です。

はじめに

今日、報告するのは「横読み」と呼ばれるオンライン情報の信頼性評価の方法についてです。具体的には次の3点についてお話をします。一つ目はサイトや情報の信頼性評価のための二つの方法です。二つ目はファクトチェッカーの手法としての「横読み」について説明します。そして三つ目は日本における「横読み」実践の方法と課題です。

チェックリストによる情報評価

まず、サイトや情報の信頼性評価の二つの方法についてお話しします。それは縦読みと横読みです。縦読みとは情報が掲載されているウェブサイトを縦に読むことです。例えば、ニュースやニュースが掲載されているサイトの信頼性を調べる場合、サイトやニュースの制作者は誰か、URLはどうなっているか、内容に信憑性はあるかといったことをチェックすることでしょう。ブラウザを上から下へと動かして読んでいくので、これを「縦読み」といいます。

その時に使うのはチェックリストです。チェックリストを用いる方法はいろいろとありますが、有名なのはアメリカ図書館協会が作った情報リテラシーのCRAAPテストです。4年前の大統領選後に急速にアメリカで普及しました。パソコンを使わなくても教えることができます。CRAAPのCはCurrency、RはRelevance、AはAuthority、もう一つのAはAccuracy、最後のPはPurposeです。

このままでは日本の学校では使いにくいので、わかりやすくしたものが「だいじかな」チェックです。覚えやすいように順番も少し変えています。「だ」は誰、「い」はいつ、「じ」は事実、「か」は関係、「な」はなぜを意味しています。

画像1

実際のアメリカでの授業の様子を報じたカナダCBCのニュースがあります。
Fake News : How schools are teaching students how to spot it (CBC News)

このように教材の画像を見せて、子どもたちに考えさせていますが、コンピュータを使って自分で調べさせているわけではありません。

縦読みから横読みへ

欧米では、こうしたチェックリスト方式では情報の信頼性を十分に評価できないといわれています。サイトや情報は誰でも作れます。参照や作者、掲載日時もでっちあげることができます。それらがあるからといって必ずしも信頼性が高いとは言えないからです。そこで、考え出されたのが「横読み」という方法です。これはブラウザのタブを次々に開き、元情報の社会的評価を調べる方法です。子どもたちが実際にパソコンを使用してオンラインで検索します。

画像2

「横読み」を提唱するのがスタンフォード大学歴史教育グループ(SHEG)です。彼らは横読みについて「読むことを減らし、オンラインでより多くを学ぶ」と述べています。大変刺激的な表現です。

画像3

SHEGは、2017年に学生、大学教授、ファクトチェッカーの3つのグループにそれぞれ同じ学校のいじめ問題を扱った二つのサイトの信頼性を5分以内に評価をさせる実験をしました。ここで紹介するのはその実験のうちの一つです。一つは小児科学会のサイト、もう一つは小児科カレッジのサイトです。

画像4

その結果は驚くべきものでした。ファクトチェッカーが100%、小児科学会のサイトを選択し、信頼性が高いと評価しましたが、学生はそのサイトを選んだのはたった20%、大学教授でも半数に過ぎなかったのです。その理由は調べ方にありました。

画像5

ファクトチェッカーは「横読み」を用いて調べたのです。つまり、彼らはほとんどそのサイトの中身を読みませんでした。そのかわり、ブラウザのタブを開いて次々にそのサイトの社会的評価を調べました。その結果、「小児科カレッジ」は保守的な団体であり、さまざまな資料からLGBTを中傷していることを見出しました。そして、「いじめ」に関する記事内の「あらゆる子どもも特別に扱われるべきではない」に注目したのです。

ただし、これはファクトチェックではなく、あくまでも信頼性の評価であることに気をつけてください。彼らはブラウザのタブを開いてさまざまなリソースをチェックして記事や投稿の社会的評価を調べる方法、すなわち「横読み」を行いました。これはデジタルリテラシーだといえます。

画像6

市民オンライン論理思考とは?

SHEGは、2019年からNPOのメディアワイズと協力して「市民オンライン論理思考(Civic Online Reasoning)」というサイトを作り、カリキュラムや教材を公開しています。

画像7

そして「横読み」スキルを教える教育実践の普及を行っています。「横読み」を実践する上で重要なのは次の3点です。ひとつ目は「情報の背後に誰がいるのか?」です。それは情報を作った人とは限りません。その背後にどんな団体や組織があるのか、どんなつながりがあるのか、といったことを含んでいます。

二つ目は「エビデンスは何か?」です。書かれていることを鵜呑みにするのではなく、そのエビデンスを考えることが大切です。そして自分が考えた仮説を確かめるために調査することが必要です。

三つ目は「他の情報源は何といっているのか?」です。一つの情報に対して他の情報源の記述や背景を調べていきます。そのためにタブを次々に開いていくことが必要になります。

画像8

SHEGから許可を得て彼らが作った解説動画に日本語の字幕をつけました。

「横読み」のための4つの視点

SHEGはウェブサイトの信頼性評価に「横読み」を用いていますが、ソーシャル・メディア上で流通する情報の信頼性を評価するときにもこの方法は有効です。ワシントン州立大学のマイク・コールフィールドはオンライン教材「ファクトチェッカー学生のためのWebリテラシー」を開発して公開しています。

Web Literacy for Student Fact-Checkers

図15

そして、コールフィードは「SIFT」という方法を考え出して、学生たちに教えています。それはストップ、インベスティゲイト、ファインド、トレースの頭文字を繋いだものです。Sのストップは、ページや投稿にぶつかったとき、読む前にストップすることです。さらに読む前に、この記事のソースについて十分な情報を持っているかどうかを自問自答します。Iは情報源の調査です。情報源の専門知識やテーマを調べます。Fは信頼できる情報源の探索です。他の情報源を見て、同じトピックをカバーしているもっともよい情報源を使用していることを確認します。より良い、より信頼できるソースを見つける必要があるかもしれません。Tは主張や引用、メディアを元の情報源まで辿ることです。インターネット上の情報は、しばしば、その文脈が剥ぎ取られていることがあります。メディアの一部を元の情報源まで辿れば、あなたが見ている形で正確に提示されているかどうかを確認することができます。

図9

「横読み」授業の実際

SHEGは実際の「横読み」の授業の様子を公開しています。

ソーシャルメディアが社会のインフラになった今、私たちは、大人も子どもも真偽のわからない数多くのオンライン情報の中で生きています。オンラインのサイトや情報の信頼性を評価するスキルは民主主義を支えるために不可欠なスキルだと言えます。私もこうした「横読み」のスキルを教える試みを私の大学の附属中学校で行っています。この授業は2018年から行っているもので、1月末から2月にかけて中学2年生全クラスの国語科で実施しています。実践前に毎年情報評価テストを行っています。

この問題は2016年にSHEGが実施した調査問題の一つです。この結果によって、アメリカでは若者たちがオンライン情報評価能力を持っていないことがわかり、オンライン情報評価能力教育の重要性が広く共有される原因の一つとなりました。左の問題は、奇形のデージーの花を見て、原発の影響かどうか答えさせるものです。法政二中の今年の授業を受けた222人の生徒の答えが右側です。約3分の1の生徒が「はい」と答えました。しかし、本当の問題はこの結果ではありません。

図10

下の図はSHEGがつくったルーブリックです。マスター段階になるためには強力な証拠を認めないだけではなく、情報源に対して疑問を持つことが必要です。しかし、222人の生徒のうち、マスターレベルに達している生徒は一人もいませんでした。これは驚くことではありません。中学生段階ではほとんど誰も情報源に気を止めないのです。実は大学でも情報源に気を止める学生は極めて少数です。学校で教わっていないのだからできなくて当然なのです。私たちはこの現実を直視する必要があります。

図11

これからお見せするビデオは授業の一部ですが、このビデオの実践の前に生徒には「だいじかな」を教えています。しかし問題を見て考えるだけではなく、実際に考えた仮説を確かめる方法としてパソコンによる「横読み」を用いています。「だいじかな」チェックで止まるのではなく、オンライン探究学習へと導くことをめざしています。取り上げたのは2017年12月21日、CNNの「謎の飛行物体「この目で見た」、元米軍パイロットが証言」というニュースです。このニュースについては大人でも意見が分かれます。

図12

ご覧いただいて分かるように、子どもたちは英語でも検索しています。他の情報源から同じニュースを見つけた班もあれば、実際に見たというパイロットのインタビュー取材を行ったニュースを見つけた班もありました。生徒たちには画像検索も教えています。こうしてこのニュースの信頼性を確認することができます。ここで行われていることは、複数の情報源のチェックに止まっていません。こうした学習は一度だけではなく、何度も繰り返して練習しなければなりません。そしてSHEGの教材のように3つの視点を駆使したより深い学習へと向かう必要があります。

なお、この実践ではメディアリテラシーの5キー・クエスチョンの日本語版である「さぎしかな」チェックも教えています。メディア・リテラシーの場合は、情報の信頼性の評価ではなく、メッセージの印象を作り出しているものを考えさせています。表現技法や他の視聴者の見方、背後にある価値観などを考えさせる点が特徴です。情報という用語ではなく、メッセージという用語を使っていることに注意していただければと思います。

図13

まとめ

最後にまとめます。「横読み」は決して難しいことではありませんが、学校で教えるためには、授業で自由にインターネットにパソコンを接続して探究学習することができる環境が必要です。1人1台の端末を活用する時代には、このようなオンライン情報の信頼性を評価するスキルを教えることが不可欠となります。そして教育者も教えるためのスキルが必要になります。また、SHEGの広報担当者からは、ぜひ日本での「横読み」実践状況を教えて欲しいと言われております。とてもシンプルな教育方法であり、ぜひ日本でも普及することを期待しております。

また、本発表では情報リテラシー 、デジタルリテラシー、メディアリテラシーなどいくつかのリテラシー概念が使われていますが、それらをすべて統合した概念がユネスコのメディア情報リテラシーです。使い勝手の良い概念だと言えます。そして、最後に、こうしたリテラシーは民主主義と深い関係があります。オンライン情報評価スキルはデジタル・シティズンシップに位置づいていることを忘れてはならないでしょう。以上で私の発表を終わります。

図14


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?