つつみこむ 続編
春と風
春香と風香
私はいつも風音
・
15歳
母と父が仲たがいして叔母の家に住むことになりました。
私は只々ぼうっとしていました。
何があったのか、悲しいのか悲しくないのか、淋しいとか生きてる意味とか、これからどうしようかとか
全く興味がないというか考えるというか
どうでもよいではなくて
只々ぼうっとしていたのです。
いつも風が吹いていたのだけは感じました。
なんでだかはわからないけれど風だけ感じました。
温かいとか、冷たいとか、強いとか弱いとか。
それだけ。
ぼうっとしていたら横に人がいました。
別にどうでもよくて、というか人がいるなあと感じただけでした。
それだけ。
「春香、覚えてくれた?」
何か音がしました
はるか
何度も音がしました
はるか
はるか
色というものも
味というものも
なにも感じない
はるか
という音は聞こえました
はるか 春香 はるか
春 という季節があって
香りというのがあって
風が運んでくる
と思いました
・
16歳
私は風音だとわかりました。
風が吹くといつも横にいる人から春の香りがして
何度もはるかと音が聞こえて
春を思い出しました
香りを思い出しました
風音を思い出しました
「春香、今日は温かいね。2月なのに先週雪が降ったなんて嘘みたいだよ」
「そうね、何を着ていいかわかんないけど、温かいだけでウキウキするの!風音は?」
その笑顔がいつも私を明るくする。
色を、季節を、味を感じるようになったんだよ。
「ウキウキはわからないけど、温かいのは嬉しい」
いつも横にいる春香の音で、言葉や気持ちを思い出しました。
・
17歳
私はこの島の春の風と空、夏の風と空、秋の風と空、冬の風と空が好きになりました。
言葉を忘れる前にお母さんとお父さんの前で歌っていたこと。その歌で笑顔になったことを思い出しました。
歌で音を奏でることで島の美しさ優しさを表現したいと思い、歌を歌いました。
最初は浜辺で、横には春香がいて
いい音ねといつも言ってくれて
嬉しくて
いろんなところで歌いました。
聞いてくれた人達が笑顔になっていくのを見るのが嬉しくて歌いました。
春香はどこで歌っても、いい音ねと言ってくれました。
・
18歳
私は島で歌うことが生業になり、聞いてくれる人達の笑顔を見ては幸せな気持ちになり、もっと上手になろう、もっと笑顔になってもらいたい!とウキウキするようになりました。
そう思えるようになったのは、いつも横にいてくれた春香のおかげです。
春香の髪からいつも桜のような香りがして温かい気持ちになれたからです。
だから私は春香がいつも横にいてくれると安心して幸せでした。
・
叔母から「春香は本当はあなたのお姉さんなんだよ。お母さんは違うんだけど。だからずっと風音のことを守ってくれていた。でも、春香は『もう風音はちゃんと島のみんなを笑顔にできるようになったから、島を出て自分の夢であった道に行く』と決めたのよ」と言われました。
初めて知りました。
私はその時、春香がいないなんて想像できないし、生きてゆけない。春香がいたから歌えて、みんなを笑顔にできるんだ。と気付きました。そしてその気持ちは『生きている意味を感じた』という感謝だけでない。
春香のこと、香りも声も顔も優しさも全部好きなんだ!と気付きました。
春香!春香!春香!好きなんだ
好きなんだ!
愛していると気付いたんだ!
ずっとずっと横にいてよ!
春香を愛してる!春香がいるから生きているんだ!春香に出会うために私は生まれたんだ!
私の歌を、いい音ねと言ってくれたでしょう?
ずっと聞いて!私は春香が笑顔になって欲しくて歌っていたんだ!
その音でみんなも笑顔になれだんだよ!
春香!
島中を走っても春香はいなかった。
・
風音へ
あなたが島に来た時は、只々かわいそうだから、姉である私が守ってあげようと思っていました。
でもいつしかあなたの歌声で、音で、私の心がウキウキするようになったの。
私はね、お母さんの顔もお父さんの顔も見たことがなかった。
伯父さんという人の家にいて、いろいろお世話をしてくれたけど、それは儀式というような、世間体というような、仕方ないというようなもので、感情や愛情や笑顔はなかった。
私はいつもひとりだった。
だから風音が島にひとりで来るのはかわいそうと思ったけど、島に来るまではお母さんとお父さんと暮らしていて羨ましいとも思っていたのよ。
でも、風音を守っていると思っていた私は、あなたの歌で音で、本当の感情や愛情を知り、笑顔になれた。生まれてきて良かったと思えた。
ありがとう。
いつまでもあなたの横で歌を聞いて幸せな気持ちでいたいと思っていたの。
横にいるだけでなく、あなたに守ってもらいたい、あなたがいなければ私の生きている意味はない、いつも横にいるだけではなくて撫でて欲しい、抱きしめて欲しいと思うようになってしまった。
けれど私と風音は姉弟。
それは叶わぬ思い。
だから私は島を出ます。私の道を見つけて歩みます。
風音の歌はいつも心の中にあるから。
いつか今の命を終える時が来て、生まれ変わって春になったら、風音ずっと横にいさせてね。
ありがとう。愛しています。
春香より
私の枕の横に手紙があった。
春の風の香りがした。
・
私と春香は横にいた。
そこはお母さんのお腹の中だった。
ふたりで生まれた。
春香は風香という、私と同じ風の名前になったけれど、やっぱり春の香りがしていた。
私は15歳の時、あの頃を思いだした。
風香は、春香だった時のことを覚えていないようだ。
私達はいつも横にいたけれど、二卵性双生児。
生まれ変わった時は春だけれど、叶わぬ思いは変わっていなかった。
風香がいつも横にいてくれる。春も夏も秋も冬も。
風香は春の香りがした。
・
18歳
雪の日、風香が
「愛してる」
と言って走っていってしまった。
雪で姿が見えなくなった。
風香は春香だったことを覚えていたんだ、とその時気付いた。
・
春香であり風香と私は、空の上でやっと抱き合うことができた。
あの頃の姿で、空を眺めながら髪を撫でる。肩を寄せ、手を繋ぐ。手のひらで頬を近付けそっと唇を重ねた。
「風香、愛してる」
「風音、愛してる」
淡い虹色に見える温かい風がサラリと吹き、抱き合うふたりをつつみこんだ。
・
いつかまた島で生まれ変わるのだろうか?
どこで生まれ変わったとしても
あなたが春香でも風香でも、私は
いつも横にいたい。
命を終えるまでずっと。
・・・・・
こちらは3/2に投稿した
#シロクマ文芸部 参加作品
「つつみこむ」の続編です。
〆切に間に合わなかったーーー!
あぁああぁあ………。
でも、書けただけで嬉しいです😊♪
小牧部長、読んでくださったみなさん
ありがとうございます!
じゅんみは
3/2に投稿した
「つつみこむ」です
読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。