つつみこむ
春と風香
「春に生まれたのにね。春香が良かったな、私の名前」ラベンダーの小花の刺繍がほどこされたペールイエローのブラウスが春の訪れを喜んでいるように感じる。サワサワと風で揺れる風香の髪が、太陽の温かい光で明るいカッパーブラウンに見え、私の心も揺らす。その髪に思わず触れたくなる手で、舞い落ちる桜の花びらを受け止めた。柔らかく淡い色の花びらを覗き込んで「太い木に華やかに咲き誇る桜も綺麗だけど、一枚の花びらも可愛らしい」と微笑む風香が好きだ。言えない、言ってはいけない言葉だった。
夏と風香
少し日に焼けた腕。潮風に揺れるサーモンピンクのレースワンピース、エメラルドグリーンのビーズが控えめに輝くサンダル。太陽が照りつけ、じっとりと汗をかく暑さも、ザザーッという波音のする海を見ていると楽しくなる。浜辺ではしゃぐの風香の足は細く白かった。「いつも自転車に乗ってるから腕だけ焼けちゃうの!日焼け止めの効果ないよ!」と笑う唇が艶めいている。思わず顔を寄せたが、触れない。「顔も日に焼けてるよ」ちょっと膨れる頬も愛おしい。
秋と風香
歩くとふんわり揺れるブルーのロングニットカーディガン。雲一つない空に栄える美しい紅葉も優しい風で揺れている。それが池にも映っているのを眺めながら、カサカサと小さい足音がする銀杏の絨毯をゆっくりと歩く。「風が吹くと少しだけ冷えるね」風香が肩を寄せてきた。このまま手を繋ぎたい。ぐっと堪えて写真を撮る。レンズから見える風香の頬は、ほんのり紅くなっているように見えた。夕焼け空に紅葉と、はにかんだ風香が写った。
冬の風香
モスグレーのコクーンコート。華奢な肩にはベージュにオレンジのラインが入ったチェック柄のストールを掛け、空を見上げている。「耳まで冷たいね。今にも雪が降りそうな雲」読みたい小説があるから本屋に行こうと誘われて、広い公園を通り本屋へ向かっていた。「どんな小説なの?」「あのね、空へ…」と言い始めた風香の耳が、寒さで赤くなっていたから手のひらで温めてあげたいと、腕を伸ばしたところで雪が降ってきた。
伸ばしたけれど、耳まで届かなかった私のコートの袖に雪が舞い降りた。「雪の結晶!」直ぐに溶けまた舞い降りる。ふたりで袖の上で溶けていく雪を見つめていたら、雪は湿った大きな雪となりあっという間にコートの袖に降り積もっていく。景色も白くなっていく。
風もなくシンシンと降り続ける雪。
「風音」
顔を上げると、風香が見たことのないような表情で言った。
「愛してる」
そう言い残して風香は走って行ってしまった。走った風で雪が揺れていた。雪が風香の姿を隠し見えなくなった。
風香と風音は二卵性双生児。
ふたりは同じ日に同じお腹から産まれた。
いつからか、ふたりの心に家族としてではない「愛してる」という気持ちが生まれ、心を占領していく。伝えることのできない、溢れ出そうな気持ち。本当は互いに気付いているけれど、言えない、言ってはいけない言葉だった。
それから風香は風香の道を、風音は風音の道を歩み、人生を終え同じ日に空へ旅立った。
あの頃の姿で、空を眺めながら髪を撫でる。肩を寄せ、手を繋ぐ。手のひらで頬を近付けそっと唇を重ねた。
「風香、愛してる」
「風音、愛してる」
淡い虹色に見える温かい風がサラリと吹き、抱き合うふたりをつつみこんだ。
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こちらは #シロクマ文芸部 参加作品です。
またまた久しぶりの参加。
う〜ん、やっぱり私のお話はよちよち歩きのひよこだなあ🐣と思いつつ。
ひょっこり参加の #シロクマ文芸部
今回も楽しませていただきました😊♪
小牧部長、読んでくださったみなさん
ありがとうございます!
ヘッダーは淡い虹色の風です
文・絵
じゅんみは
〆切間に合いませんでしたが
つつつみこむの続編です
読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。