シンナーで九九を失った先輩が結婚する話

Twitterでたまに書くシンナーで九九を失った先輩。
Greatful Dayzという曲でZEEBRAが『カバンなら置きっ放してきた高校に』と歌ったのに対し、シンナーで九九を失った先輩が『かけ算は小学校に置いてきた』と言っていたので、分かりやすくそう書いている。

先輩は2つ年上で地元の先輩後輩の関係になるのだが、本格的に付き合いが始まったのは俺が16歳の時だった。仲の良かったヤンキーの先輩に麻雀ができる奴を探していると声をかけられ、先輩の家に行くとそこにシンナーで九九を失った先輩がいた。

正直に言うと俺は先輩がシンナーをしているのを見たことがない。
俺が一方的にシンナーでラリったヤバい先輩だと認識していただけで初めてまともに会ったこの時、先輩はガスを吸っていた。卓上コンロなんかで使うあのガスだ。
ガスボンベを口の端で噛み、手で押し込むとプシーっとガスが流れてそれを吸い込む。先輩はガスを吸うたびガタガタ震えていた。マジでイカれていた。

俺がシンナーはもうやってないんですかと尋ねると仕入れが難しいだか高いだかなんかで今はやっていないと答え、続けて『俺たちが中3の頃は九州北部が全国で一番シンナーの吸引率が高かったらしいばい。俺は日本一シンナーを吸う男やったんよね。誇らしいよね』とも言っていた。マジでイカれていた。


二十歳の頃。先輩がどこからか仕入れた旧型のbBでこれから出会い系で知り合った女に会うため熊本県に行くと言う。俺は見たこともない女の為に県外まで行くなんてバカかよと思いながら『可愛かったらいいっすね』と嘯いた。
それから先輩は帰って来なかった。

しばらくが経ち、先輩が熊本に行ったことなどすっかり忘れた頃に先輩からの着信があった。
『ヤバいことになった。今すぐ熊本まで来れる?』

俺はなんのことか分からず、一瞬考え、そして数週間前の出会い系の女を思い出した。入り浸り過ぎだろ。

経緯を聞くと二人で良くないモノをしているうちにパーキング代が払えなくなったことに気付いたらしい。しかし、先輩は帰ろうとはせず、払えないならもうこの女と一生やっていこうと謎の決意を固めたのだが、無断欠勤の続く彼女を心配した会社が両親に連絡をして事が発覚。

『それヤバくないすか?警察とか大丈夫なんすか?』
俺が聞くと先輩は『向こうの親も子供のことがあるけんそれは大丈夫。むしろ俺も被害者やけん』とでたらめを言っていた。
結局、俺は迎えに行かなかった。先輩の両親と相手側が話し合いをしたらしく、問題は収束。

福岡に帰ってきた先輩はまた色々とめちゃくちゃをしながら当時俺がバイトしていたエロビデオ屋で一緒に働いたり1年間でおばあちゃんを二回轢いたり車上荒らしをして捕まったりして先輩はどこかへ行った。

ーーーーーー

昨年の夏ぐらいだっただろうか。
かなり久しぶりに先輩から電話があり、見せたいものがあると言うので俺は先輩宅へと向かった。
俺が着くと既に外にいた先輩は腕組みをした状態で待っていた。
『なんすかその態度。どうしたんすか?』
俺が聞くと先輩はアゴで後ろの車を指した。新車のヴェルファイアがあった。

『社長に買ってもらった。俺今社長の娘さんと付き合いよってたぶん結婚するんよね』
先輩はそう言うと照れくさそうに頭を掻いた。
俺はしばらく会ってないうちに謎のサクセスストーリーを歩み始めた先輩に少し動揺したのだが、マジで嬉しかった。その後、先輩の家で少し酒を飲み、帰り際に新車のヴェルファイアに唾を吐いて帰った。

10月に先輩の結婚式がある。
自業自得と言われればそれまでだが、先輩が掴もうとするもの全て指の間をさらさらとすり抜けていった若い頃。あの時を知っている俺は普通に泣いちゃうかもしれない。

お幸せに

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