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裁定委員の憂鬱

裁定委員ってどんな役割かご存じですか?
正確にはわからなくても、大会の結果で問題があったときジャッジする人というイメージを持っていたり、大会会場の公式掲示板に貼ってある「本大会の裁定委委員は以下の3名です」みたいな掲示を見たことがある人は多いかもしれません。

私は覚えている範囲で、過去ここ3年で10回ほどの大会で裁定委員を務めさせていただきました。

今回は、何度か裁定委員を務めさせていただいた経験談や、いちオリエンティアが突然、裁定委員の担当を依頼されたときどんな気持ちになるのか、悩ましい事案をどう考えながら裁定したのかなど、感じたことを書こうと思います。
申し遅れましたが、私はOLCふるはうすというクラブに所属している、関西の50代のオリエンティアです。タコなので関西を中心にあっちこっちの大会に出没しているので会場でお声かけ下さい。

1)裁定委員って何
①定義
日本オリエンテーリング競技規則に以下のように裁定委員について定められています(以下抜粋) 前項の「提訴」の項も含めて参照してください。
http://www.orienteering.or.jp/wp-content/uploads/2021/03/b0463b68e8ef698fbbdcaa62102a1a39.pdf

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25.提訴
25.1 調査依頼に対する主催者の判定について、提訴をすることができる。
25.2 提訴はチーム・オフィシャルまたは競技者のみがすることができる。
25.3 提訴は、調査依頼に対する主催者の判断結果が調査依頼を行った者に通知されてから 15 分以 内に、主催者に書面で提出する。制限時間を過ぎてなされた提訴は、正当で例外的な状況があり、 その理由を文書で明確に説明されている場合に限り、裁定委員の裁量によって認めてもよい。
25.4 ノックアウト・スプリントでは、提訴は、主催者が調査依頼への判断結果が通知されてから 2 分以内 に、主催者宛てに提出する。提訴はひとまずは口頭で行ってもよいが、その後で文書でも提出しなけ ればならない。

26.裁定委員
26.1 裁定委員は提訴を裁定するために任命される。
26.2 JOA 競技委員会が必要と決めた競技会には、JOA が裁定委員を任命する。JOA が裁定委員を 任命しなければ、主催者が裁定委員を任命する。
26.3 裁定委員会は、異なる会員からの 3 名のメンバーで構成する。裁定委員は投票権を持つ。イベント アドバイザーは裁定委員会を司会するが、投票権は持たない。
26.4 主催者の代表者は裁定委員会に参加してもよいが、裁定委員会が決定を下す前に退席を求めら れることもありうる。主催者の代表者は投票権を持たない。
26.5 主催者は裁定委員会の決定にしたがう。例えば、主催者が失格とした競技者を復活させる、主催 者が有効とした競技者を失格にする、主催者が成立としたクラスの結果を不成立にする、あるいは 主催者が不成立とした結果を成立とする、など。
26.6 裁定委員会は、すべてのメンバーが揃ったときにのみ決議をすることができる。緊急を要する場合は、 裁定委員の過半数が決定に同意すれば、仮の裁定を行ってもよい。
26.7 裁定委員メンバーが、自ら公平な裁定が困難になったことを宣言するか任務を遂行することができな くなった場合は、イベントアドバイザーが代行者を指名する。利益が相反する可能性があると考えら れる場合は、イベントアドバイザーが最終的に判断する。
26.8 裁定委員会の決定が最終的なものになる。
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大会で問題点があった場合、競技者はまず「調査委依頼」を大会実行委員会などの主催者に出すことができます。その回答に不服な場合に、「提訴」をするという流れで、そこで主催者には属さない第3者の裁定委員がジャッジします。
いきなり裁定委員に話が行くのではなく、調査依頼→回答(運営者)→提訴→裁定委員会という流れです。
26.8に「裁定委員会の決定が最終的なものになる」と書いてある通り、主催者の判断を覆すことも出来る、最終判決を下す重要な役割です。

IOFの競技規則では”jury”というちょっとカッコ良い名前です。


②どうやって選ばれるの?
裁定委員は公認大会でなくても、日本オリエンテーリング競技規則に沿って行われるそこそこの規模の大会、また大会独自の実施基準のルールなどで置かれていたりします。関西だと関西学連の定例戦、パークOツアーin関西などでも裁定委員が置かれます。特に公認大会以外は資格は有りません。陪審員みたいですね。
主催者外の人が任命されるので、「主催者以外で大会会場にいる人」ということで、大抵は大会参加者の中から選ばれます。
大会の実行員会の人が、エントリーリストを見ながら、なるべく偏りが無いように、年齢、性別、地域が異なるように配慮しながら(インカレなら出身校が異なるようにして)、競技規則などをよく知っていそうな参加者を見繕って、3名にお願いしているという感じでしょうか。
主催者に顔見知りの方がいたら、指名されるリスク(笑)が高いです。

③裁定委員の一日
裁定委員を担当する場合も特に変わらず大会に参加して走り、オリエンテーリングを楽しみます。
提訴が無い限り、基本的には何の仕事も発生しません。
ただ、提訴の締め切り時刻まで帰れないというのが辛いところです。
「もう提訴も無さそうだし帰っていいかな?」などと運営者に一声かけて帰路につくという感じです。特に遠征などの場合は、早く帰れないのが困ったりします。
主催者によっては、裁定委員のお礼として大会マップなどをいただけることもあります。帰りを急がないなら「裁定委員、得やん」と思ったりもします(笑)

実際に提訴が行われるケースは稀で、オリエンテーリングでは主催者と競技者の認識が大きくズレて一致しないことは比較的少ないのかもしれません。
ただし、ひとたび提訴が行われると主催者から招集がかかり、裁定委員会が実施されます。

④裁定委員の心構え
提訴が行われるということは、運営者の調査回答の内容に選手が納得していないという状況です。そこで、第3者である裁定委員がそこを判断するという非常にシビアな状況です。
そして、ケースによっては判断が難しいことが発生もします。
ある時は、これまでトレーニングを積んできた選手に対して、不本意な「失格」という重い裁定を苦渋の選択で下さないといけないですし、時には誰も幸せにならない「競技不成立」の判断を下さないといけないです。自分自身も競技者の端くれだし、また運営者として大会開催に携わることもあるだけに、双方の気持ちががわかり、板挟みになります。しかし、そのような想いを根底に持ちながらも、感情で判断してはいけません。
明確な判断基準を持っていないと、メンタル的に非常に厳しい役割です。
どこに、基準を持つかというと、まず第一は競技規則です。それに尽きます。法廷での判決が法律に基づいて判断されるとの一緒で、競技規則というルールに基づいて判断するのが大前提です。
なので、まずJOAの競技規則(補則も含む)に目を通したり、できれば、日本語への翻訳によって少しニュアンスが変わってしまう前のオリジナルとなるIOFの競技規則を原文で読んで、「ルールの精神」をより正確に理解しておくことも望ましいです。
しかし、その競技規則の解釈によっては判断の幅が発生します。
後に書きますが、そこが非常に悩ましいポイントでもあります。
また、もう一つ挙げるのであれば、「その大会の持つ意味合い」も考慮した判断も必要であると思っています。
どちらにも、根底には「公平性の維持」を前提に判断した裁定をすることが最も重要になると考えられます。
より公正な裁定を下すために、裁定委員会は3名の裁定委員で構成され、裁定委員の中で意見が割れれば、3名の投票で決めることになります。


)裁定委員にまつわる体験談

⑤裁定にまつわる話1
まずは、参加者の立場での体験談。2019年のワールドマスターズに参加した時の話です。私の参加したクラスが競技不成立になりました。

この時、競技不成立の理由の詳細の調査依頼の後に、「このレッグのみ除いたタイムで競技成立にしてほしい」という提訴があったようですが、下記の通り、IOFの競技規則ではコースの一部のタイムを除くのはダメだと明確に定義されており、提訴は却下されていました。(下記、抜粋)

The results must be based on competitors’ times for the whole course. It is forbidden to eliminate sections of the course on the basis of split times unless the section has been specified in advance (e.g. a short section containing a busy road crossing).

参加者側の何とか競技を成立させて欲しいという気持ちも自分もわかりますが、ここは競技規則が優先ですね。
ちなみにこのルール。当時の時点では、JOAの競技規則には、何故かこの部分のみ訳されておらず、反映されていませんでした。(今はJOAの競技規則にも反映されている)…これが、この後に書くインカレでの自分が裁定委員を担当する提訴の伏線になるとは、この時は思いもよらないことでした。


⑥裁定委員経験談その1
2019年11月9日に行われたインカレスプリントの裁定委員を担当しました。
この時は、途中のテープ誘導区間をたどれなかった選手が失格となり、誘導が不明瞭であるという提訴がりました。
http://www.orienteering.com/~icsl2019/documents/icsl2019_sprint_complaints&protests.pdf
提訴内容から論点は「ルートの誘導は、地図及び現場で明瞭に印をつけなければならない」という競技規則を逸脱している誘導になっているかどうかの検証作業となりました。現場検証を夕方まで行ったが、裁定委員三名の意見は一致せず宿に持ち帰り。翌朝、再度議論を行い「許容範囲」の明瞭さであると最終的な判断をしました。
救済をしたかったけど、誘導をたどらなかった競技者はたどるよりタイムを短縮できる可能性があるルートになってしまっており、救済出来なかった。
このような時の裁定委員の気持ちは断腸の思いです。
スプリントでは、テープ誘導での失格事例は過去から本当に多い。明瞭な現地表示をする運営者の役割と、意識して正しく辿る競技者の役割がうまくマッチしていって欲しいと心から願いたいです。

⑦裁定委員経験談その2
その翌日の11月10日のインカレロングでも連続して提訴が有りました。(まさかの二日連続)
終盤で運営者も認める設置ミスが有り、運営者の判断は「設置ミスがあった以降のレッグを除いて成立」、提訴内容は「競技不成立を求める」でなく「設置ミス以降すべてでなく、関係したレッグのみを除くべき」という内容。
http://www.orienteering.com/~icsl2019/documents/icsl2019_long_complaints&protests.pdf
これも悩ましい事例でした。先のワールドマスターズのIOFルールで考えたら国際的な考えか方からも競技不成立にすべきではないか。でも、競技不成立を望む提訴はないのに不成立にしても良いのか。(日本の競技規則では部分の切り取ったタイムがダメという項目は省かれているし…←当時)今年度のインカレチャンピオンは無しというのは誰も望まないよな…
結局、長い議論が続き参加が待つ中で苦渋の判断で、「設置ミス以降除く」か「設置ミスレッグのみ除く」を比較して、前者の方がまだ公平性が有ると判断しました。
当時の自分は、裁定をした後もこれで良かったのか?不成立にすべきではなかったのか?と正直悩んでしたのを記憶しています。

⑧裁定委員体験談その3
これは最近ですが、2022年7月2日の東海・関西・北信越・中九四スプリントセレクションの裁定委員を担当しました。
詳細は下記のツイートを参照いただくとして、ここでは「提訴のやり方」について思ってことを書きます。

選手の半分以上が立入禁止に入ってしまい、監視員によるチェックで失格DISQになるという異常事態。
対する提訴は、「監視員に見られなかった選手は失格にならず不公平」などといった論旨のもの。でも、最も大きな問題は「立禁の表示が現地・地図で明瞭であったかどうか」で「規則・規定に則ったものになっていたか」です。そのことに対する本質的な提訴が無かった。
問うべきは「日本オリエンテーリング競技規則および関連規則類の運用に関するガイドライン」の通りに青と黄のテープ・ストリーマで現地で外郭線がわかりやすく表示されていたのか? だったり、709立入禁止区域がISSprOM 2019規定の実線に相当する現地だったのか?だったかと思います。
もし提訴内容が「現地の人工立禁の境界の表記が規定に則らない色で不明瞭で、地図上の実線に相当する連続したテープの形で示されていなかった。そのため認識できず立入禁止に入った。」というもので、現場検証でそれが事実として認定されたなら。。。あるいは裁定結果は変わっていたかもしれません。(現場検証をしていないので、わかりません。一般論と解釈してください)

日本オリエンテーリング競技規則および関連規則類の運用に関するガイドライン(抜粋)
ISSprOM 2019日本語訳 (抜粋)

ここで言えるのは、提訴のやり方は非常に重要であるということです。
選手にとっては、調査依頼の回答後わずかな15分の時間に、競技規則や地図規定に基づいて、感情的にならず論理的な文章に提訴状をまとめるのは非常に難しいことだと思います。提訴をする事にもある意味、経験値が必要と言えるかもしれません。
普段から諸規定に目を通していないとそんなことできないし、事前の学習も必要です。しかし、納得いかない事があれば、規則に照らし合わせてどうかという提訴が最も効果的です。
学生の場合は、冷静なチームオフィシャルやコーチがその役割を担うことが重要かもしれません。大事な大会では競技規則、諸規定はプリントアウトして持っていくと良いと思います。
(ただ、話はそれますが、インカレでは調査依頼・提訴は非常に多くなるのですが、普段では行わないような調査依頼まで必要以上に過敏に行う風潮はどうかとは個人的には思っています。)


3)私の裁定への考え方

以下は、個人的な見解が含まれています。なので、人によっては異なる意見もあるかもしれません。国際的なジャッジ例の動向などに知見をお持ちの方などからもアドバイスをいただければと思います。

⑨選手を救済する方向で裁定する
「失格」となる行為を意図せずしてしまった選手も、「公平性を保つことができる場合」については、その選手がスポーツマンシップに則り競技をしようとしていたと判断できれば「可能な限り」救済したいと考えています。
例えば、間違って認識しにくい立入禁止に一歩足を踏み入れたけど、すぐに気が付いて引き返した選手。私は、このことによって、タイム的なアドバンテージを得たのでなければ、失格にせずに救済したいと考えます。
競技規則に記載されている、「立入禁止」は競技中にそのエリアを「通過」してはいけないという解釈をしています。
また、誘導区間レッグで、何らかの理由(誘導が不明瞭など)で誘導をたどれず「遠回り」してしまった選手。これも状況によっては救済したいと考えています。誘導区間をたどらないことによって、タイム短縮をした訳ではないので救済しても不公平にはならないと考えるからです。
競技規則に記載されていることは、「誘導経路を外れてタイム的に有利なルートを選択してはいけない」という意味に解釈しています。
このような考え方には、競技規則は選手を失格にするために存在するのでなく、公平に競技をしてオリエンテーリングのパフォーマンスを競い合うために定められてるものであるという解釈が根底にあります。なので、「ルールはルールだからとにかく失格」という運用をするのでなく、規則の根底にある精神を考えながら解釈の幅を拡げて運用することで良いと思っています。
ただ、上記の例では、誘導区間をたどらず近回りをしてしまった場合は、公平性を保つことが困難なので、残念ながら救済できないと考えています。(その分、タイムを加算してという意見も聞きますが、優勝者や入賞者を決めるのに架空のタイムを公平に算出することなどはできないと考えます)

⑩選手権などの大会では、選手権者を決めることを重要視した裁定を行う
私は全日本、インカレなどはチャンピオンシップであり、選手権者(校)や入賞者(校)を決めることが大きな意味を持つ大会であると考えています。
なので、そこに、明らかに絡む可能性が無かった選手が運営上の不具合で、仮に不利益を被った場合でも、競技は成立させて選手権者を選びたいと考えます。
例えば、最終コントロールの設置ミスが有り、トップスタートの選手だけその影響を受け、その後設置位置が修正された場合。その一人の影響を受けた選手のタイムが、設置ミスの影響を受ける前までのスタートからラス前まで80分で、上位の選手のゴールタイム35分だったとしたら、設置ミスがなくても、その選手はどう考えても60位以内にも入れず、入賞者の順位変動には影響を与えず、「選手権者、入賞者」を決めることには影響が無かったので、優勝者を選手権者を認定する大会として認めたいと考えています。
もちろん、下位なりにライバルに勝つという目標を持って走っている選手がいたり、インカレでは学連枠を取るという目標が有るなど理解しつつも、それ以上に大会の意味合いから選手権者を決めるという事を重要視したいと考えています。
(より公平性を期すのであれば、その選手が物理的に到達可能だった順位以下は参考タイムにするという措置も加える必要はあるかもしれません)
もちろん、影響を受けた選手のタイムが、ミス設置コントロール前までのタイムが入賞可能性があるものであれば判断は変わってきます。
また、1番コントロールなどで設置ミスがあった場合は、たとえ影響を受けた選手が普段の実力から入賞争いに絡む可能性が小さかったとしても、公平性を保つために競技不成立と考えます。
世の中の裁判でも、社会的に与える影響などを考慮して判断される場合がありますが、「選手権」という大会の位置づけを考慮した判断が必要だと思っています。やはり、「今年は選手権者なし」というような、後世にわたっても残念に結果は可能な限り回避できればと思います。
この考えは安易に設置ミスなど運営の不具合を容認して、無理にでも競技成立させるというスタンスからの考えではないので誤解なく。

⑪提訴するスキル
上の事例にも書いたように、提訴のやり方は非常に重要です。
その文書が規則に基づいて、論理的にまとめられているかどうかで、裁定結果が変わってくる可能性もあります。
自分が行う競技の規則・規定を知っておくことは非常に大切なことです。ましてやエリートクラスを目指す競技者なら。
競技力の向上へのと同様に、「ルールの理解」への勉強も特に学生さんには頑張って欲しと思います。

4)最後に
長々と持論を含め書きましたが、もちろん提訴が行われるような事態が発生しないのが最も良いですよね。
運営者においては、システマティックに設置、地図等でミスが起こらないように仕組みで対処を考えたうえで、さらにダブル、トリプルでチェックを行う。また、過去に提訴に発展した事例などのケースステディから重点チェックを行うことで、提訴に発展するような運営の不具合はほとんど防げると思います。
競技者においては、フェアプレイの精神はもちろんのこと、競技規則を読んで理解した上で、意識をしながら競技をおこなうことが大事だと思います。
また、提訴する場合も、感情的に行うのでなく、競技規則のどこが順守されていなかったという観点での論理的文章による提訴が最も効果的だと思います。

2月の全日本プリント、リレーそして春インカレでの皆さんの健闘を祈りながら終わりにします。
そして、裁定委員の出番がないことも祈りつつ。

PS.
もう、できれば裁定委員はやりたくない。。。でも重要な役割です。


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