⑮入賞〜夢走〜
ヒロの100m準決勝。
得意のスタートダッシュからその後どこまで逃げられるかがレースの運命を分ける。
僕たちはバックストレート側に設営した控えのテントからその様子を見守っていた。
ホームストレートまでは距離があるので、こちらの声は届かないかもしれないが、後輩たちはメガホンを用意してスターターの合図を待つ。
スターターがピストルを構える。
「いちについてー」
「よーい…」
一瞬の静寂。
パンッ!
スタートは横並び!
後半たちは必死に応援する!
ぐんぐんスピードに乗ってくるのが見える!
ヒロもそれに食らいつく!
あっという間にゴール!
ほぼ横一線にゴールしたが、こっちからの角度では正確な順位は分からない。
選手はゴールに並び審判から記録の発表を聞く。
審判席からの秒数の発表を聞くヒロの背中はこちらから見る限り弾んではいなかった。
しかし、選手層の厚い100mの準決勝に出場出来るなんて僕たちは彼の存在を誇らしく感じた。
僕はこの後行われる走り幅跳びに向かった。
走り幅跳びの近くにはタカが出場している砲丸投げのサークルがある。
離れたところからタカが見える。
タカがこっちに気が付いた。
「どう?」と、声には出さずに伺ってみる。
タカは首を傾げながら、指で数字の〝8〟とだけ示した。
たぶん8位という事だろう。首を傾げたところを見ると、本人はあまり納得していないらしい。
僕は軽くグーと拳を握ってそれに答えた。
広いグラウンドの中でこうして軽くコミュニケーションを取るだけでもリラックス出来、後のパフォーマンスが少し良くなったりするものなのだ。
今日の走り幅跳びはそこまで競技人口は多くない。
今回はただの記録会だが、それでもなるべく上の順位を狙っていきたい。その公式記録が今後の試合にはかなり優位になってくる。
緊張の1発目。
ふーっと深呼吸。
歩数を計算し、踏み切り板に合わせて走り出す。
タッタッタッタッ
いちにさん!
空高く舞い上がる!
腰を引きつつ着砂する!
ズザーッ!
無事に白旗があがったが、個人的には踏み切り板より少しだけ手前で踏み切った気がした。
しかし、記録は6mの少し手前!好記録だ!
ヨシッ!
すぐに踏み切り位置を確認すると、やはり、少し手前だった。
でも、感覚は悪くない。タイミングがぴったり合えば次はより良い記録が期待できる。
僕はもう一度歩数を見直し、走り出しの位置を確認した。
緊張が若干ほぐれた2本目。
何としても自己新記録の6mを出したい。
少し早めにスピードに乗せる。踏み切り板までの距離感を合わせに行く。
タッタッタッタッ
いちにさん!
バンッ!と板を蹴る!
今回は滞空時間が長い。高く跳びすぎたか…
着地!
審判を振り返ると…
赤旗(ファール)があがる!
くそっ!
思わず砂を叩く。
タイミングが合わない。
残すチャンスはあと1回だけだ。
次々と他の選手も跳んでいく。あまりはっきりとは見てないが6mを超えた選手はほとんどいないようだ。
僕が知っている中でも、今回そこまで強い選手は出場していない。おそらく、他の種目に絞っていたり、ケガをしないように温存してる選手もいた。
そして、いよいよ最後の跳躍になった。
スタート位置からの歩数を今一度頭の中でシュミレーションする。
ふーっと息を吐く。
「お願いします!」と審判に声をかけ、気合いを入れて走り出す。
タッタッタッタッ
さっきの跳躍よりやや遅めにスピードに乗せる。
いちにさん!
バンッ!と跳んだ!
板との感覚はばっちりだ!
ズザーッと着砂した!
白旗があがる!
目測でも6mは超えている!
記録は…
「6m08cm」
よっしゃー!!
と、思わずガッツポーズした!
自己新を更新した!
タカが遠くから拍手をしてくれているのが見えた。
控えのテントからも後輩たちが喜んでいる姿が見える。
先生とヒロも喜んでくれていた。
全ての跳躍を終えて、僕は4位入賞という結果になった。
初めての入賞。自分の力が成長しているのを実感出来た瞬間だった。
そして、このままのテンションを少し抑えつつ、次の400m準決勝に気持ちを切り替えた。
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