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⑪回復〜夢走〜

僕の肉離れは、徐々に治っていった。

ランニングもジョグ程度だが出来るようにもなってきた。

砲丸投げもこれまでの片足投げから徐々に両足に切り替えていった。

しかし、こういう時に必ずぶつかる壁がある。スランプだ。

万全な状態と回復基調にある体のバランス感覚が違う。

砲丸を突き出すタイミングも失いつつある。ひどい時は手からすっぽ抜ける。

あれ…?

うまく投げていた時の感覚は頭では覚えているが、体の隅々に指示系統がうまく働かない。

ドスン!

と、すぐに落下し、砲丸が描く放物線もいつもより低い。

記録は7メートルラインから随分手前のラインに落ちる。

おかしいなぁ…

タカは悩んでる僕に対して、

「大丈夫大丈夫!あんまり無理せんと、今日はこれくらいにしといたら?ケガが治ったら投げれるようになるって!」

陽気な性格のタカは、いつのまにかムードメーカーになっていた。

そこへ本多先生が練習を見に来た。

「まだ本調子じゃないか。ま、無理もないさ。徐々に改善されるよ。そうだ、日曜日ウチに来いよ。良いもの見せてやる。」

と、先生が言った。

タカと僕は、日曜日にお邪魔することになった。

隣町にある先生の家は、僕の家から自転車で10分も走れば到着する。

ピンポーン

「よう!よく来たな。さ、入れ入れ」

と、快く招き入れてくれた。

大人の男の人の一人暮らしを見るのも始めてだったし、先生の家にお邪魔するのも始めてだった。

僕とタカはドキドキしながら入った。

「おじゃましまーす」

キレイに片付いた部屋には所狭しと陸上の試合のトロフィーが並んでいた。

「わぁ!すごいですねー」

高校から大学生までの様々な試合で、先生が勝ち取ったものだった。

「まぁまぁ、そんな事いいから、とりあえず、ここ座れよ。」

僕たちはソファーに腰掛けた。

「実はこないだの三種競技で出場した試合のビデオ映像を借りてきたんだ。これで当時のフォームをしっかり思い出せるんじゃないかと思ってな。タカにとっても勉強になるだろ?」

思えば、他の強豪校はマネージャーらしき人物が種目ごとにビデオを撮っていた。

ウチみたいな弱小では決して見られない光景に驚いた記憶がある。

先生は、他校の先生にわざわざお願いして、ビデオを借りてきたようだった。

「ありがとうございます!」

試合で上手く投げられた砲丸投げをチェックする。

先生が丁寧に解説してくれる。

「見てみろ、ここでちゃんと胸を張って、それから腕が遅れて出ている。ここで、力を溜めることが出来てるんだ。」

「はい。」

「ケガの影響もあるが、片足だけだと力は溜められない。両足で力を溜めてから一気に砲丸を突き出す事が出来れば、この時のように投げれるはずだ。」

と、先生は何回もテープを巻き戻し、再生をして見せてくれた。

「よし、じゃあ昼メシでも行くか。」

「え?いいんですか?」

「まぁ、どうせ、うどんだけどな。はははっ」

先生の車に乗り、僕とタカはドキドキした。

先生と生徒という垣根を超え、兄貴のような存在に感じた。

この日は僕もタカも、陸上の事を忘れて、夢中になって話した。

嫌いなヤツ、好きなヤツ、恋愛、そして、リエのこと…

先生はどんな話題も親身になって答えてくれた。自分たちの事だけでなく、先生が過ごした都会の大学生活の話をしてくれた時は、まるで異国の話を聞いてるような感覚に陥った。思春期の僕たちの好奇心にますます拍車がかかった。

机上の勉強だけではきっと芽生える事のない向上心や将来への憧れは、間違いなくこの時期に培われていたのだった。









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