見出し画像

①気配〜夢走〜

 中学2年生の僕は平々凡々な学生生活を送っていた。小学生の頃に始めたクラブ活動の延長で陸上部に所属していたが、これといって大きな成果を上げる事もなく、四国は香川県の田舎町で過ごす他の学生と何ら変わりのない毎日だった。

 その日も朝8時のチャイムが鳴る前に登校して午後3時まで授業を受け、放課後になると仲間と部室に行き、他愛もない日常話しに華を咲かせ、だらだらと部室にあるマットやスターティングブロックやらをオモチャ変わりに遊びながら時間を潰し、いい加減になると誰かが「そろそろアップでもする?」という言葉を合図に、何となくグランドを走り出す。
 2階の職員室からは顧問の先生がたまに顔を出す。その時にグランドにいないと後で厄介な事になる。しかし、その見張りのタイミングも熟知している。「まだ見とる?」「見とるな。」と、ランニングしながら小声で確かめ合い、職員室に引っ込むと僕たちの歩速はだんだんと緩まり、またじゃれあいながら歩き出す。
 同学年はたった3人。上級生も2人だけいたが、ほぼ幽霊部員だったので、こちらからすれば何の権力も感じない。1年生はそれでも4人ほどいたが、こんな上級生たちの姿にほとほと呆れていたらしく、僕たちの間には深い溝があるように感じる。

 学校に1つしかないグランドでは、野球部もバレー部もバスケ部も集まる事がある。それぞれ厳しい練習をしている部もあれば、そうでない部もあり様々だ。たまに野球部のボールが飛んでくることがあり、こっちが全力で走っている状態でバッターの放ったライナーのボールを避けるのは至難の技だが、もう慣れっこだ。

 他部員の友達が噂話しをしているのが偶然に耳に入ってきた。「今日、なんか新しい先生くるらしいよ。」「そうなん?」「うん。教育実習の先生みたい。期間限定で。ずっとはおらんみたいやけど。」「ふ〜ん。何部の?」「分からん、たぶん陸上部。」
 
 へぇ〜、そうなんや。と、何気にその会話を耳にしながら、すっかりグランドの端に追いやられた3人は他部員のランニング練習が終わるのをぼ〜っと待っていた。弱小部の僕たちがこうして自分たちの場が空くのを待つ羽目になるのはいつもの風景だ。
 すると、遠くから聞き慣れないバイクのエンジン音が鳴っているのがふいに耳に入ってきた。その音はどんどん大きくなり、向こうの校門からバイクが勢いよく入ってきた。突然学校に爆音のバイクが入ってくるという、中学生の僕にとってあまりに衝撃で唐突な出来事に一瞬息を呑んだ。真新しい赤と白のスポーツタイプのバイクに乗った見慣れない男の人は、ヘルメットを脱ぎこちらをチラッと見た。「え?」僕はその目線に何かを感じざるを得なかった。

 明らかにスポーツ万能の体型をした、その若き男性はこちらを一瞥すると、すぐに校舎に入っていった。

 この男性が僕の陸上部生活に、後に多大なる影響を与えることにはその時知る由もない。


いつもご購読ありがとうございます。新型コロナウィルスの影響で困窮している個人、団体の方々への支援として寄付させて頂きます。僕の手の届く範囲ですが、しっかり皆さんのサポートを役立てるように頑張ります。