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⑱突然の別れ〜夢走〜

記録会が終わった。

僕たちは個人種目での健闘を讃えつつ、夏にある地方予選大会へと調整をしていた。

まずは、県大会に出場し結果を残すこと。その次は四国大会、全国大会へとコマを進めることが目標だ。

といっても、県大会以上を望むのは夢に近い。

県大会へのエントリー種目は、ヒロとダイが100mと200m、タカと僕が三種競技。

事実上、僕たちにとってこれが「中学陸上生活最後」の試合になるだろう。

まさか、ここまで真剣に陸上に取り組むなんて思いもしなかった。

ついこの間までグラウンドの端っこで、他の部の人達に気を使いながら過ごしていた姿はもはや無い。

自分たちで練習メニューを考え、日が沈んでも出来る練習を考え、毎日限界まで走り込みをした。

毎日ボロボロになったが、着実に進歩していく自分たちに充実感を感じていた。

そして、いよいよ夏の予選会を目前に控えたある日。

練習終わりに本多先生からの話があった。

「みんな聞いてくれ。いよいよ夏の大会までもうすぐだ。ここまでの努力を無駄にしないようにしっかりと挑んでもらいたい。そして…この大会終わりで先生はこの陸上部を離れることになります。」

「え…?」

突然の報告だった。

僕たちは呆気にとられ、言葉を失った。

先生は続けた。

「転任先が決まりました。元々この学校に赴任したのも1年という期間だけということでしたので、次の学校に行きます。この陸上部の顧問として、1年間みんなと一緒に一生懸命練習してきました。先生もとても残念だけど、この夏の大会を悔いのないようにしましょう。」

そうだ。あまりにも先生との関わりが深すぎて、期限があることを失念していた。

先生と朝早くから練習し、校舎の電気が消えても語り合ったこと、休日には先生としての顔を見せることなく、陸上の先輩として、いや、まるで兄のように接してくれた様々な想い出が走馬灯のように頭を駆け巡った。

この夏の大会は絶対に結果を残すしかない。

先生との時間を無駄に終わらせたくない。

部室に戻った僕たちは静かに語り合った。

「なぁ、次の大会絶対勝とうな。」

と、ヒロがいう。

「ああ、自己新は絶対やな。」

と、タカが答える。

「四国(大会)目指そうや。」

と、ダイが言った。

「いや、それは無理やろ」

と、僕は冗談交えて言った。

「無理やない!」

ヒロが熱くなった。

「それぐらいの結果残してこそ、先生に恩返しできるんちゃう?」

「…うん。」

あまりのヒロの熱意に僕たちは圧倒された。

「そやな、よし!やるぞ!絶対に良い結果残そう!」

僕もその熱意に乗った!

「がんばろな!がんばろ!」と皆口々に自分を奮い立たせた。

帰り道。僕は自分の高揚感を抑えられず荷物を抱えたまま家までダッシュした。

とっくに夜になっていたが、夜風は気持ちよく、自分がビュンビュン走る風音を耳にするだけで無敵の気持ちになった。

月に照らされた自分の走る影を見ながら「絶対に勝つ」と何度も心に響かせた。




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