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⑨不時着〜夢走〜

ドスン!!

見事な放物線を描いた砲丸はおよそ10mに届きそうなラインに着地した。

「9m59cm!!」

初めての公式記録。

思わず審判席にいる本多先生を見た。

先生はグッと強く拳を握った。

「その調子だ」

僕も強くうなずいた。

「やりました!」

自分の中のアドレナリンが出まくっているのを感じた。

よし!

各選手に与えられたチャンスは3回。皆、順番に回数をこなしていく。

ドスン!

ドスン!

ベストを出し続ける選手や、思った通りに投げられず悔しい表情を浮かべる選手。さまざまだ。

砲丸投げという種目は1回目でベスト記録が出るのは珍しくない。

2回、3回と投げると疲労も溜まるし、1回目のホームをなぞろうとする。

僕もその傾向にあり、2回目以降は思ったより記録を伸ばす事は出来なかった。

経験不足だから仕方ない。

1種目めが終わり順位は8位。

テントに戻るとヒロが拍手で迎えてくれた。

「すごかったな!ベストやん!」

僕は照れ臭さを隠せずにいた。
しかし、勝負はこれからだ。

急いで昼食を取り、次の走り幅跳びに向けての準備を始める。

サブグラウンドで再びアップを始める。

試合を控えた選手たちが続々と集まって来ている。朝の雰囲気よりも緊張感が高まっている中、僕はすっかりその雰囲気にも慣れていた。

6位までに入れば入賞。

まだそんな事を考えるには早すぎるが、一瞬頭を過った。

いち、に、さん!

テンポ良く踏み切り板を蹴る。

空中で手足を動かして、少しでも前に進み、腰を前方に抜きながら着地する。

うん。調子は良い。

目測だが、4メートルは超えている。

4メートル50センチまで行けば、さらに順位を上げられるかもしれない。

程なくして、アナウンスが入る。

〝三種競技、走り幅跳びの選手のみなさんは間もなく競技時間ですので、指定の場所に集まって下さい。〟

スパイクを持ち、競技場所に向かう。

道中でもリズムを刻む。

いち、に、さん…いち、に、さん…

駆け上がるように…

場所に着くと、お馴染みのメンバーが顔を揃えている。

心なしか、さっきまでとはメンバーの見え方がちょっと違う。

自分の心に余裕が出来たのかもしれない。

それぞれ、砲丸投げの時と同じ順番で競技をこなしていく。

やはり4メートルは超えて行く選手がほとんど。

自分の番になった。

あらかじめ歩数を数えて、目印をつけておいた場所から走り出す。

手を上げて、審判に呼びかける。

「お願いします!」

ふーっと呼吸を整える。

気合いを入れて一歩ずつ踏み出し、徐々にスピードアップ。

踏み切り板が近づいてきたところで、駆け上がる。

いちにさん!

空中で体勢を整える。

ザッと砂に着地!

振り返ると、旗は白旗。

踏み切り板より前に出ていなければ白旗が上がり、少しでもはみ出していると。赤旗だ。

公式記録となる。

審判が記録を測る。

4m20cm。

くそっ。悔しさを隠せない。

少し手前で踏み切り過ぎた。慎重に行き過ぎたのは自分でも分かっていた。

走り幅跳びもチャンスは3回だ。

回数を重ねる度に、だんだんと歩数も合ってくるので、皆も記録をどんどん伸ばしてくる。

5メートル近くの記録も出る。

他の選手が跳んでいる間も僕は休むことなく、踏み切りのリズムを練習する。

いち、に、さん!

もう一度。

いち、に、さん!

ん?

着地の時に少し足に違和感を感じた。

いや、大丈夫だ。

自分の番になったので、再び定位置に着く。

ふーっと息を整える。

「お願いします!」

先程の失敗を補うために、出だしから少しスピードを上げる。

タッタッタッタッ…

トップスピードに乗った!

このままタイミングよく踏み切れば、記録は見込める!

いちにさん!

ブチッ

え…?

な、なんだ…?

突如、足の力が抜け、周りの景色はスローモーションになり、僕の体はコントロールを失い、目の前の砂場に上体から激しく転がり落ちた!




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