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⑰絆〜夢走〜

リレーの練習というのは、特にバトンを渡す練習に重きをおく必要がある。

本多先生の指導の下、走者が決まった。

第一走者ヒロ、第二走者ダイ、第三走者タカ、第四走者は僕だった。

練習方法は、各走者のスタート地点から適当に足幅で距離を測り、そこに前走者が到達すると自分もダッシュする。

前走者の「はい!」という合図で次走者は後ろに手を出しバトンを受け取り、次の走者へと運ぶ。

これをお互いのスピードがトップスピードの状態でいかに受け渡しが出来るかで、リレーの結果は決まってくる。

前走者との距離が近すぎるとスピードは落ちるし、遠すぎるとバトンを渡すことは出来ない。

絶妙なポジションを見つける事が大切だ。

リレーの醍醐味は、それぞれの走者が速くてもバトンが上手くいかなければ良いタイムは出ないし、逆に走者の力はそこそこでもバトンパス が上手くいけば信じられないほど良いタイムを叩き出す事が出来る。

陸上競技で唯一の団体戦なのだ。

しかも、最後の競技なので盛り上がる。

本多先生も審判の仕事を終えて、バトン練習に付き合ってくれた。

「はい!もう一度!いくぞー、よーい、はい!」

僕たちはバトンを渡せる絶妙な距離を見つける為に何度も呼吸を合わせる。

「はい!」

という合図でバトンを受ける。

もしバトンを落としてしまえば、もちろん失格なのだ。

ほどなくして、競技開始となった。

ここからは皆んなバラバラになって、スタート地点に移動する。

時間は夕方。

陽が傾き、赤土のグラウンドを夕陽がさらに赤く染めている。

フィールド競技も全て終了し、競技場にいるほとんどの人たちがこの最後のトラック競技に注目している。

予選3組中の最初の1組目に僕たちは走る。

審判から各レーンの出場校の紹介がアナウンスされると、みんな自分の位置を前走者に知らせるように「ここで待ってるからな」と、手をあげて合図をする。

それぞれの学校の応援団は精一杯の声援を浴びせる。

それらが落ち着くと、いよいよスタートだ。

スターターの声が掛かる

「いちについて、よーい、、」

一瞬の静寂。

息をのむ観覧席。

パンッ!!

一斉にスタートした!

ヒロのスタートは素晴らしかった。僕のいる第4コーナーから見てもスタートダッシュの良さが際立って見えた。

「よし、いいぞ、そのままそのまま…」と、僕は心の中でつぶやいた。

第二走者はダイだ。ヒロがバトンを渡せる距離に来るまで低い姿勢で待って…ダッシュ!!

ヒロの掛け声で、サッとダイが後ろに手を出すとヒロがバトンを前に出す。

うまく繋いだ!!

バックストレートを全速力で駆けるダイ。この時点で順位は分からないが、ヒロのロケットスタートのおかげで上位にいるのは確実だろう。

次はタカだ。

タカも低い姿勢でダイがポジションに来るのを待つ。

タカもこの日のためにトラックの練習を積み重ねてきた。皆ともそれほど力の差はなくなっていた。

第三走者というのはコーナーを走る為、走者がスピードに乗るまで時間がかかる。つまり、実力の差が比較的出づらい事からフィールド専門のタカが選出された。

といっても、僕たち3年生のフルメンバーはこの4人だけなのでベストメンバーてあり、ベストポジションなのだ。異論はない。

ダイが懸命に走る。

若干だが他のチームより遅れているように見えた。

やはり第二走者は手強い。アンカー並みの実力の選手を投入してくるチームもある。ここで差をつける事を優先的に考えるのだ。

タカに少し焦りが見える。

「落ち着け、まだ大丈夫だ。」

と僕は自分に言い聞かせる。

タカはダイが来るのを引き付けて…ダッシュする!!

僕は一瞬「!?」と感じた。

…少し早いかもしれない。

バトンは…

遠い!?

バトンとバトンは決められた距離で受け渡しが出来ないとその場で失格になる。

明らかに遠い!

僕は思わず

「ストップ!」

と声を出した。

僕が声をかけるのが早いか、タカが止まるのが早いか、バトンはダイの手を離れ、地面に落下した!

カランッ

と、バトンは乾いた音を立てて赤土の上に転がった。

!?

タカは急いで振り返ってバトンを探した。

他の選手たちはそれを気にする事もなく次々とバトンを受け渡して走って行った。

しかし、バトンを落とした僕たちに既にレースを争う権利はなかった。

「…」

僕はただ呆然と自分の目の前を他の選手が走り抜けて行くのを見送るしか出来なかった。

ついに、僕の所にバトンが届けられることは無かった。

タカとダイはただその場に立ち尽くしていた。

僕とヒロはすぐにその場に駆け寄った。

タカはバトンをギュッと握りしめ下唇を噛んでいた。ダイは下を俯き目から涙が零れるのをじっと堪えていた。

「…大丈夫か?…どうした?」

と、声をかけても何も答えられないのは皆分かっていた。

「…とりあえず、戻ろう。」とヒロが言い、僕たち4人は控えのテントに歩いて行った。その間も誰も余計なことは言わなかった。

夕陽に照らされた赤土が僕たち4人を赤く包んだ。

テントに戻ると本多先生が待っていてくれた。

「おつかれさま。…ダウン行くか?」

と、僕たちをサブグラウンドに連れて行った。

ゆっくりとランニングしていると、ダイがようやく口を開いた。

「ごめんな。」

それを受けてタカも続けた

「いや、俺や。あせって早く出過ぎた。ごめん。」

「ええよ、そんなん。」

と口々に僕とヒロは言った。

一緒に走っていた本多先生が口を開いた。

「悔しいかもしれないけどな、リレーのためにお前たちは練習したきたわけじゃない。他校の選手たちはリレーだけにかけてる選手もいるけど、おまえたちは違う。個人種目で健闘したし、いつも以上の力を発揮したじゃないか。先生は嬉しいぞ。」

僕たちのラストシーズンの第1戦目はこうして幕を閉じたが、先生の言うように後悔の気持ちは全くなかった。むしろ、今大会で全力を尽くし見事に砕けたこの結果が、これから始まる夏の大会への意欲へと変化したのだった。










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