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⑭通過〜夢走〜

春の記録会。
僕たちにとっては中学陸上生活、最後の年の始まり。

何度か大会にも顔を出して来たので、他校の知り合いも増えてきた。

大会独特の緊張感も自分たちにとって心地よくなっていて、もはや誰もこの空気にのまれるヤツはいなくなった。

ヒロとダイは100mと200mでエントリーし、タカは砲丸投げ、僕は400mと走り幅跳び、そして最後に全員で4×100mリレーにエントリーした。

午前のサブグランドでは各々のペースでアップが始まり、良い緊張感を保ちつつ試合に臨んでいった。

100mは競技人口がもっとも多く、選手層も厚い。

ダイはブランクもあってか惜しくも予選敗退したが、ヒロはそれでも予選を勝ち抜き、準決勝までコマを進めていた。

タカの砲丸投げは予選で3本投げられ、そのまま勝ち残ったモノたちが決勝で3本投げる。ここからは遠目からしか確認出来ないが、おそらくまだ残っているみたいだ。

僕は400mの予選を走るために、コースに並んでいた。

この予選の組みで2着までにゴール出来れば準決勝進出が確実になり、3着以下ならタイム順に繰り上げされる。

僕は6レーンでスタート位置につく。

全身の筋肉に刺激を与えるためにパンッ、パンッと自分を叩く。

スタート前の緊張感に慣れる日がくるのだろうかといつも思う。

「いちについてー」

スターターの声が聞こえると、胸の鼓動が速くなる。

ドクドク…

両手をつき、ふーっと息を吐き、精神統一する。

スターターがピストルを掲げる。

「よーい、、、」

一瞬の静寂。

パンッッ!!

一斉にスタートした!

タッタッタッ

「ファイトー!」という歓声と共に、自分と後ろの選手の足跡が聞こえる。

まずは、バックストレートを駆け抜ける。まだ順位に大きな乱れはない。

次に第3コーナーのカーブに差し掛かると、アウトレーンの選手が徐々に消えていく変わりに、インサイドから速い選手が上がってくる。

そして第4コーナーを抜け、最後のホームストレート。

このラスト100mで勝負がつく。

歯を食いしばる。乳酸が全身を蝕む。

400mはトラック一周だ。一般的に無呼吸競技と云われているが、僕に言わせればラスト100mに差し掛かるまでは、ほぼ意識がない。気がつくと無呼吸で300m以上は走っている。

はっ、と気がついた時にはラスト50mくらいになっていて、その後はなだれこむようにゴールする。

しかしこの時ばかりは自分の順位を気にしながら走った為、比較的早めに意識があった。
前に走る選手は1人…たった1人だけだ、よし、と思った瞬間!後ろから1人追い上げてきた!

ヤバイ!

僕は必死に腕を振り、追い上げてきた選手とほぼ団子状態でゴールを切る。

勢い余ってグランドにズザーッと転がり込む。

グランドの赤土が汗ばんだ背中に付着するが、気にする体力は余っていない。

はぁはぁ、と酸欠状態の意識を戻しながら、

審判席の本多先生を見る。

グッと親指を立て、こっちを見ていた。

その表情は予選通過を意味していた。

僕は思わず寝転がったまま、天高くガッツポーズした。

春の日差しがより一層眩しく感じた。




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