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⑥跳躍〜夢走〜

 「いち、に、さん!もっと早く!最後の3歩は駆け上がるように!いちにさん!」
走り幅跳びは踏み切り板までの歩数が決まっていて、最後の3歩でタイミングを合わせて、板までの帳尻を合わせる。
 
踏み切る瞬間は板との反射を利用し、身体を浮かせて、空中で漕ぐようにして着地までの距離を稼ぐ。

 砂に着地するのは足先から行くが、お尻が先に着くので、瞬間にサッと腰を抜いてなるべく前に体を持って行って倒れる。

 その間1秒か2秒。

 僅かな間にやるべき事が沢山ある。

 踏み切りのタイミングが少しでも狂うと腰にとてつもなく負担がくる。

砲丸の練習の後には幅跳びの練習。その繰り返しの日々だった。

冬を越し、春になった。

三種競技の選手としての初めての試合も決まった。

記録も少しずつ伸びてはいるが、まだまだ僕には時間が無い。

400mの練習も必要だ。

朝練をし、放課後の日暮れまでの時間をグラウンドで過ごし、夜になると室内で筋トレをした。

腹筋100回の4セット。腕立て伏せ50回の4セット。

終わった頃には、家まで帰る体力もギリギリだった。

日中、授業を受けていても殆ど意識は無く、常に三種競技の事を考えていた。

机に座っていても、いちにさん、と、足でリズムを取っていた。

授業が終わると真っ先に部室に入る。

と、そこに神妙な顔つきのダイがいた。

「早いやん」

と、声をかけても返事はない。

「どした?」

「…おまえ、最近練習頑張っとるな」

「…うん。」

「ムカつく…」

「…え?」

「おまえばっかり本多先生は指導しとるやん。」

「…。」

「おれ、辞めるわ、部活。」

多感な思春期に、僕は複雑な気持ちになった。一生懸命やっていた自分をその時初めて後悔した。




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