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⑤鉄玉〜夢走〜

「そこで、押す!押し出せ!」
ゲキが飛ぶ。三種競技の1つ砲丸投げ。僕は本多先生の指導の下、新たな種目にチャレンジしていた。
今まで触ったこともない鉄の玉。重さは4キロ。

僕は来る日も来る日も、この玉と闘っていた。

「もう一回!」

まず、後ろ向きに構えて、上体はやや下に傾け、勢いよく振り返るのと同時に斜め上に砲丸を突き出す。

砲丸投げという名前のついた種目だが、砲丸を押し出す、突き出す、という動作だけで、砲丸突き出しという名前に変えた方がいいんじゃないかと思うほど、投げるという動作からは程遠い。

僕はコツを掴めずにイライラしていた。

きっと、本多先生も同じ気持ちだ。

「振り返る時に足を蹴って、体を伸長して、全身で砲丸を突き出すんだ。」

言葉で言うのは簡単だ。

「もう一回!」

はぁはぁ、、息が整う暇もない。

後ろ向きから、クルっと振り返って、砲丸が指先から離れるまで、真っ直ぐに突き出す!

ドスン!

再び7メートルのラインに音を立てて落ちた。

今日の記録はずっとあのラインだった。

1日中この4キロの鉄の玉との格闘で僕の利き腕は完全にシビていた。指先の感覚はほとんど無い。

投げる直前まで玉は首の付け根の所に支えているため、首元もアザだらけだ。

はぁはぁ、、

「うん。いいぞ。今日はこれくらいにしようか。」

気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。

家に帰って晩ご飯を食べる時に箸を持つ手がブルブル震えた。

眠りにつくと、夢の中でもこの鉛の玉を遠くに飛ばすために汗をかいていた。

思ったより遠くに飛ばす事が出来て、思わず声をあげて目を覚ます時もあった。

あ、夢か…

ベッドの上でも指先をスナップしてみる。昨日の疲れが残っているが、かなり回復した。

早朝に眠れなくなった僕は、自主練をしようと1人でグラウンドに向かった。

部室に入ると鍵が空いている。

??

砲丸が見当たらない。いくつかの場所を探していると、

ドスン… ドスン…

聞き慣れた音がグラウンドから聞こえてくる。

外を見ると、本多先生が練習していた。

「先生!」

まさかと本多先生も思い、一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔になり

「おはよう!」

と手招きした。

急いで近くに行くと、グラウンドの地面には砲丸が落ちてへこんだ後が無数にある。

いつからやってたんだろう…

「練習お願いします!」

まだ朝霧がかかるグラウンドで、練習していたのは僕たち2人だけだった。


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